帯広の旅-2

帯広の大地は広大だ。地平線の先まで見渡す限り平原が続いている。大地はヨーロッパの田舎で目にするような豊かさがある。

帯広にて(愛国駅の辺りに広がるジャガイモ畑とその先の防風林)、

そう初夏の帯広を訪れた。空が高くどこまでも広がるように帯広の大地も広がっている。その大地を営々と耕し天まで延ばした。空ほどに大きい大地を耕した名もなき偉人たちに敬意を表したい。

音更にて

防風林は北海道の名物である。帯広ではこんな綺麗な防風林がある。よくぞこんな整然とした防風林を作ったものだ。しばし、その苦労や如何ばかりかとの思いで眺めていた。

音更町の家畜改良センター十勝牧場の中にある「白樺並木」

この白樺並木は観光になっている。白樺は北海道を象徴してる。この白樺はもう若くない。白樺はパイオニア植物だがここまで大きくなると役割を終える頃だろう。

冬に西陽を浴びて立つハルニレは絵になるのだが、初夏に訪れて残念。

豊頃町に流れる十勝川の河川敷にハルニレの大木がある。銘木ではないがs61年に豊頃町指定の文化財になった。樹齢約150年で蝦夷と呼ばれた時代から此処ここにあった。

愛国駅と幸福駅は意外に近い。帯広に鉄道が通っていたが今は無い。珍しい駅名に客が来て、今や帯広観光にひと役買っている。

帯広の先駆者依田勉三が帯広開墾を始めた所と。いま宇宙ビジネスを目指しているスペースポートが同じ場所にあるなんて、何か不思議なものを感じた。

帯広にて

空の大きさほどに広い帯広の大地は、北海道を象徴しているかのようだ。大自然を感じる帯広の旅でした。

帯広にて

こうして帯広の大地に別れを告げた。十勝と言わず帯広としたのには理由わけがある。何故か依田勉三に敬意を表したいところがあったからである。オベリベリの帯広の大地に、

 

76才、老化に挑戦

76才になって「年齢は後から付いてくる」などと元気なことを言ってましたが、ある朝 起きようとしたら腰が痛くて立てない。

腰椎第4関節の椎間板が圧迫されていた。

整形外科に行って診てもらったら腰椎椎間板症・根性坐骨神経痛と診断された。
レントゲン写真で説明を受けた。腰椎第4関節が圧迫されていて、これが原因だといわれた。老化現象である。抗生物質を処方してもらった。

老化現象には他にも思い当たることがある。奥歯の歯茎が痛むのでてもらった。
激痛ではないが、しっかり噛もうとすると痛む。歯科でも抗生物質での処方を受けた。

椎間板坐骨神経痛も歯茎の痛みにも抗生物質を処方してもらい、最近の抗生物質(薬)は良くなった。お陰で痛みはやわらいできた。

痛みを感じて初めて人は体の衰え、老化を知るのかもしれない。それにしても、ある日唐突とうとつに痛み(老化)がやってくるものだ。

御書に「病によりて道心はをこり候なり」(妙心尼御前御返事p.1480)とあるが、人は「痛みを感じて老化を知る」のかもしれない。
痛みを感じないと、老化が判らないのかもしれない。
そろそろ体をいたわりながら暮らすことにしようと思っている。

ここで、最近のちょっとしたエピソードを紹介したい。

ある夜、帰宅する際のこと、同じサ高住に住むお婆ちゃんがビルのゴミ集積場の前で倒れたいたのを発見した。前夜にゴミ出しをしようとして、地面につまずいて転倒したらしい。
一人で立ち上がれず、偶々たまたま通りかかった私が抱き起こした。お婆ちゃんは高齢で骨折していた。救急車で病院に運ばれた。その後、手術を受け長期入院となった。お年は98才とのことだった。高齢なので、またサ高住に戻ってこれるか心配していた。

お婆ちゃんのお孫さんから丁重なお礼の手紙をいただいた。お孫さんと言っても大人になっておられる。入院後1ヶ月経って心配だったが何もできなかった。

ところが、先日元気に退院され、サ高住の自宅に戻って来られた。まことに嬉しかった。リハビリの話などを聞いた。

手術後、退院するまでリハビリに頑張ったそうだ。毎日リハビリ目標をちょっと高めの目標を決めって頑張ったそうだ。
3ヶ月かかるところ、6週間で退院することができたそうだ。

どんな高齢になっても目標を決めて挑戦することが大事だ。そんな姿勢に感心した。実に気丈夫きじょうぶなお婆ちゃんである。

こんなエピソードを紹介したのも自分自身、気を取り直して一寸高めの目標を決めて、頑張ろうと思っている。年齢に関係ない。

なにが椎間板坐骨神経痛だ! 弱音を吐かずに勇気出して挑戦し平癒へいゆしてみせるぞ! 普段の暮らし(歩行)に戻してみせるぞ!

 

石狩公園でBirdWatching

久しぶりにオコジョの会に参加し、石狩公園でBirdWatchingに行ってきました。学研都市線のロイズタウン駅から石狩公園こと旧石狩川まで行って、BirdWatchingでした

ノビタキのオス(夏羽)

胸がオレンジ色で頭は真っ黒、ノビタキのオスです。細い枝先に上手く留まるものです。お気に入りに枝先なのか何回も留まります。

ノビタキのオス(夏羽)

同じ個体のノビタキのオスです。背中は真っ黒です。

ノビタキの幼鳥

ノビタキの幼鳥で、巣立ったばかりでしょうか?上手く飛べません。草の枝にしがみつくのがやっとです。近くの親鳥からまだ餌をもらっていることでしょう。

カワラヒワのオス
カワラヒワのオス

このカワラヒワは、目の周囲が黒っぽいからオスでしょう。枝先が好きな孤高のカワラヒワです。

2羽のコムクドリ

普通にコムクドリがみられるなんて北海道ならではです。

2羽のコムクドリ

青空に映えてコムクドリもかわいいと思ってしまう。

ニュウナイスズメのオス

ほっぺたに斑をニュウと言います。ニュウがないからニュウナイスズメです。このオスのニュウナイスズメは子育て中でしょうか餌をくわえています。

ニュウナイスズメのメス

同じ枝先に、ニュウナイスズメのメスが現れました。つがいでしょうか?ニュウナイスズメも忙しい子育て真っ最中です。

アカゲラのオス

北海道では留鳥のアカゲラです。いたるところでアカゲラを見ることができます。

北海道の初夏はBirdWatchingにはいい季節です。風に吹かれながら探鳥をして、いい一日を過ごしました。

 

奇妙なビビちゃん

今、千歳市埋蔵文化財センターで動物形土製品の実物が公開されている。名前は「ビビちゃん」こと土偶である。

埋蔵文化財センターの案内

6月6日から13日まで公開されている。なんだろう?と野次馬根性で見に行ってきた。

だいたい「ビビちゃん」って誰が名付けたのか?

先日5月25日「第3回千歳・恵庭の遺跡を歩こう」という企画に参加した。

その時、キウス周堤墓群でのクイズで、ビビちゃん?それが土偶の愛称だと知ったのでした。

実物を正面から撮った

ビビちゃんの実物展示があると知ったので、千歳埋蔵文化財センターへ足を運んだ。

この土偶は人間のようにも見えるが人間じゃない。職員にたずねたが、定説はないようだ。

勝手に想像するしかない。縄文晩期の3千年前のことは文献が在るわけでもなくわからない。

もう勝手に想像するしかない。否、勝手自由に想像できるし、誰も否定するものもいない。

勝手ながら、これはカモ(鴨)である。

ビビちゃんを横から撮った写真

出土した場所は、新千歳空港の滑走路の中である。空港ができる前、ここは美々ビビ川の流域だった。だからビビちゃんである。

縄文時代は海に近かった。近くに貝塚がある。そしてカモもよく捕れたんだろう。

カモは神聖な食べ物である。今も天皇陛下の御料地では鴨狩りが行われている。

ちょっと横から写真を撮って、加工してみた。

こうするとカモに間違いない。カモが空を飛んでいるようだ。

ビビちゃんはカモだった

もし、カモが空を飛んでいる土偶を作れと言われたら、こんな形になる。どうだ!ビビちゃんはカモだった。(….と思う)
(実物を横から見てみないと、こんな発想はでてこない。)

世界遺産になった縄文時代遺跡は、可怪おかしい世界で、楽しい。

 

エスコンまでサイクリング

突然、北海道にも夏が来た。6月9日のことである。北海道の夏は本州の五月さつき晴れのように清々すがすがしい。
久しぶりに恵庭の自宅から北広島のエスコンフィールドへ自転車で出かけた。夏の晴天の日のサイクリングは最高!!

北広島ではサイクリングロードが整備されている。

北広島に入ると一部サイクリングロード(札幌恵庭自転車道路)に入れます。この間3.4Kmばかりですが自然を満喫できます。

北広島から恵庭のサイクリングロードでは、ハルゼミがやかましいほど鳴いていました。6月初旬の季節ならではの風物詩です。

エスコンフィールドでは試合がない日だったので、無料で場内に入場して、簡単な昼食を摂りました。

自宅からエスコンフィールドまで12.4Km、自転車で片道約50分の距離でした。

7階の自宅からエスコンフィールドの屋根が見えます。試合がある夜は双眼鏡で見ると電光掲示板がチラチラ光るのが見えます。

北海道に来てすっかりファイターズのファンなりました。そしてテーマパークのようなエスコンフィールドへはサイクリングの距離です。夏の天気がいい日はサイクリングを楽しみにしています。