2026年 衆院選を振返って

期待が大きかった分、ショックも大きく、衆院選から1ヶ月経ってようやく気持ちを取直し、やはり意見を投稿しようと思った。

選挙結果

この選挙結果を見たとき信じられない気持ちだった。衝撃だった。 なんと中道が大敗し自民が圧勝した。公示前勢力167議席が49議席に激減した。

世の中がおかしいのか?自分がおかしいのか?その余りにのギャップに心の整理がつかなかった。

公明支持者が選挙区の立民候補者を応援しても勝てなかった理由は、立民側にあると思う。実は立民支持者はその殆どが無党派層であった。これが事実である。公明支持層とは全く違っていた。

反自民の無党派は、ある時は民主に、ある時は立民に票を投じてきた。いわゆる浮動票が、今回、自民に流れた結果に過ぎない。立民に組織票は殆ど無かったのです。浮動票支持層に頼ってた。

2026年総選挙 各政党の得票数と得票率

それでも中道は1千万票を獲得した。看過できない数だ。
今の選挙制度は2大政党が前提の制度で、多党化の時代にそぐわない制度である。

しかしながら選挙では、勝たなければならない。政権をとることに集中する訳ではなくても、勝たなければ何もできない。

自民が2/3の議席を取った結果は独断専行を許す数だ。

何故、自民がこんなに圧勝したのか?新聞各紙は一斉に報道した。しかし、今世紀稀に見る理念をもった中道の理念が、全く理解されなかったことが無念でならない。

理念

公明党の理念でもあった政策5本柱という明快な理念として中道は打ち出した。

少し話が飛ぶが、我々が目指してきたものは中道哲学だ。小説「新人間革命」にある次のような一節がある。ここが原点になってる。
トインビー博士が「世界の人々のために、中道哲学の道を、どうか勇気を持って進んで下さい。」と池田先生に言われた。(小説「新人間革命」第21巻P43)
その深い思想が、簡単に分かってもらえる訳がなかったのです。

台湾有事

そもそも始まりは、高市首相の台湾有事発言だった。存立危機事態という語彙ごいは、かつて安保法制化の専守防衛でさんざん議論されたものです。それをわきまえて安々と集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」との答弁は重大だった。

後の祭りだが、この答弁だけでも公明党が連立解消するのに充分な根拠となる発言だった。中国の鋭い観察は的を得ている。

非核三原則

この理念と歴史が多くの人に理解されなかったことが残念でならない。

いまおびやかされているのは非核三原則の無視です。最初は「持ち込ませず」が破られるだろう。早晩、日本も核保有国になってしまう。唯一被爆した「平和国家」の看板を降ろしてしまうことになる。

右傾化

自国より他国から見ると右傾化がはっきり見えるものです。平和国家、大衆の時代が遠ざかって行く。いま検討されているのは・・・

  • 特定秘密保護法:情報隠蔽、恣意的な秘密指定の危険性。
  • スパイ防止法:戦前の思想選別、戦時下の思想統制。

これからこの二法案を見定めておかなければならない。自民党は責任ある積極財政、強い経済、安全保障体制など「令和の政治制度改革」を断行すると言っています。国家主義の政治が始まります。

「ママ戦争止めてくるわ」このうたがYouTubeに流れたのは選挙前2月7日だったと思います。満州事変から日中戦争、太平洋戦争へと進んだ時代が、足元にじわりじわりと現実化し始めています。

かつて民主主義の名のもとにナチスも生まれた。
独裁者はワイマール憲法を変えずに、ドイツを意のままにした。歴史を繰り返してはならない。

身勝手なトランプ政権も民主主義の名のもとに成立したし、独裁者プーチンも選挙で政権を取ってウクライナ戦争を始めた。中国・習近平の独裁は覆らない。世界各国で右傾化が強まっている。

大衆迎合(Popurisum)

世界中が「我が国さえ良ければ、他国はどうでもいい」と思うようになってきた。日本もその渦の中に巻込まれようとしている。
何としても、この流れを食い止めたい。 欲望の奴隷となるな!
あー、今年は丙午の年だった。

中道

池田先生撮影 Windsor, UK (June 1991)

道をつくる人がいる 道をこわす人がいる 道を歩み続ける人がいる 道から外れる人がいる
私は道を開く人でありたい 私は道を歩み通す人でありたい

此のたび中道は理想を掲げた。その第一回戦は破れた。しかし
「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」
その心でみて行くならば、中道の精神のいくさはこれからも続く。
「我も一度もしりぞく心なし」と言いたい。

 

真冬の旭川

北海道の中でも寒い旭川です。真冬に雪が積もって晴天でも零下7~8℃です。それでも旭川雪まつりに人々が集まります。

旭川駅前の駅前から続く氷彫刻大会の会場、更に常磐公園会場のへと続きます。

年取ると寒なか長時間歩くのは辛く氷彫大会だけ見て回った。

翌朝、車でカムイコタン(神居古潭)へ行ってみた。真冬の光景は日中もモノクロームの世界です。もう2,3人の観光客が来ていた。

カムイコタン2024年2月12日朝9時半撮影

カムイは魔神(ニッネ・カムイ)を意味するという説もあるそうです。 2024年女子高校生がこの橋で転落殺害された悲惨な事件があった。でも今は真っ白な雪で包まれ消されたかのように静かでした。


モノクロームでヒットした観光地があります。美瑛町のクリスマスの木です。一本のトド松があるだけで、ほかに何も無い。

冬の観光地として有名になって、狭い農道に乗用車や観光バスがやってきます。殆どが外国の観光客でしょうか?

美瑛クリスマスの木 2026年2月17日15時

真冬でも北海道の観光地には観光客がいっぱい来てくれます。
北海道の観光産業を支えてくれています。

 

田舎の夜祭

地元、北海道の恵庭にある黄金ふれあいセンターで密かに行われれているランタン祭りがある。真冬にバケツに氷をはらせて、ランタンを作る。

こんな小さな小さな田舎の夜祭が大好きである。観光客は誰ひとりこない。地元に子どもたちやそれに付き添ってくる親御さん。

でも、それなりに努力して作ったランタンはとても素敵で味わい深いものがある。

2023年初めて雪の恵み野キャンドルナイトを見たとき感動した。
「ちいさな街のアイスキャンドルによる雪祭りの方が良いね。
 静かな街に人の会話が聞こえるような雪祭りの方が素敵だ」
と書いた。

今回も、街の一角で人知れず行われていた地元のイベントで、
音楽があるわけでもなく「静かな夜の街角」を飾り付けます。

こんあ街に住めてよかった、とつくづく思っている。
零下7,8℃を下回ると本当に寒いので、これで帰ります。

千葉の旅

千葉には度々旅行する。冬の北海道は寒く雪に閉ざされるので、避寒地として千葉に行くことが多い。又Bird Watchingを兼ねて行きます。ミユビシギを見るのに絶好な季節が1月中旬なのです。

今年も1月中旬に千葉にAir & Driveで3泊4日で行ってきました。
初日は佐原さわら(香取市)へ行った。江戸時代、佐原は酒・味噌・醤油・ごま油などの商で繁盛したらしい。今も小野川沿いの古い商家群があり散策、舟めぐり、伊能忠敬記念館など見どころがあります。

伊能忠敬の生家前の小野川。夕刻、いい雰囲気に包まれます。

そしてチョット風変わりなホテルに泊まった。佐原商家町ホテルNIPPONIAは、佐原の商家街をひとつのホテルと見立てた”分散型ホテル”だそうで、商家1軒を1部屋として貸切りで泊まります。

古い商家の蔵を改造したホテルNIPONIAで、客室は1軒1部屋となっている。

真冬だったから少し寒かったが、珍しいホテルで楽しめた。夕食は、佐原名物の「うな重」を山田屋本店へ行って外食した。

翌日、道の駅「水郷さはら」に立ち寄った。小野川と利根川の合流点にあり水鳥に囲まれた。早速何枚か写真を撮って楽しんだ。

佐原から佐倉さくらへDriveして佐倉順天堂さくらじゅんてんどうに寄り道した。ここは幕末、佐藤泰然さとうたいぜんが開いた蘭方医学塾で日本医学の黎明期だった処です。

佐藤泰然が何故この地に順天堂を建てたのか?蘭癖大名として知られた佐倉藩主・堀田正睦の招聘と、家老の渡辺弥一兵衛の誘いがあったためと聞く。旧堀田邸は徒歩でも行ける距離にあった。

佐藤泰然の生き方にも書いたが、長編小説「胡蝶の夢」は、松本良順のほか、関寛斎司馬凌海(島倉伊之助)など、幕末の蘭学・医学者の群像、特に順天堂を中心とした医学者の人々を描いたものです。しばし 長編小説「胡蝶の夢」の幕末の雰囲気に包まれた。

さて、今回の目的地、国民宿舎サンライズ九十九里に向かって、夕刻着いた。

九十九里浜のど真ん中のある国民宿舎でオンシャンビューが売りものです。ここに2泊しました。

Bird Watcherにとっては、冬場この海岸でミユビシギを見るのを楽しみにしています。是非、双眼鏡を片手に見に来てほしい。

サンライズ九十九里浜からみた旭

ミユビシギの可愛らしさに惚れ込んで、とうとう毎年、この時期に九十九里浜に来ています。

北海道でも白老のヨコスト湿原の海岸で11月中旬に見られますが、秋の一時ひとときで、九十九里浜のように長期に見ることはできません。


ミユビシギのBird Watchinngを堪能した後、大多喜城へ向かった。本多忠勝ほんだ ただかつ10万石の城です。実は城に登ったのは今回初めてだった。

小さな城ですが、小さくても日本の城はなかなか良いものです。紅梅が咲く季節で千葉は温かい。北海道の寒さを忘れました。

つでに御宿おんじゅくに出て月の沙漠記念館を訪ねてみた。海岸も温かい。

♪月の沙漠をはるばると、旅の駱駝がゆきました。金♫と銀との鞍おいて~

御宿から九十九里へ帰り、翌日は九十九里から成田空港へ
そして寒い北海道千歳空港に無事帰り着きました。
3泊4日ちょうどいい避寒の旅でした。

これからも、こんなふうに長生きしようっと!

 

解散総選挙「中道」の軸となる

1月10日読売新聞の記事で高市早苗首相が衆議院解散を検討しているというスクープ記事から始まった。

年初早々政局に激震が走った。メローニ・イタリア首相訪日中のときである。

政治は国家や主義(イデオロギー)の為にあってはならない。あくまでも人間、一人ひとりの幸せのためにある。コレが中道の哲学です。創価の哲学です。池田先生もあの世でニッコリして見守っていることでしょう。

中道改革連合Centrist Reform Alliance(略称;中道)は立憲民主 公明両党が中道思想を掲げて設立したとされているが、もともとは公明党が提案した「中道」です。
そもそも「中道」は創価本来の考え方です。中道って何?なんて聞く学会員は何処にもいません。中道って仏法用語じゃなかったけ?って思っています。

1月18日全国地区部長会が開催された。

同報で全国地区部長会が開催されたのは今回が初めてです。ここで原田会長はこのように指導されました。

中道主義について、先生は小説『新・人間革命』第11巻「常勝」の章にも記しておられます。ここで描かれている1966年当時は、ベトナムで戦火が続いていた最中でした。先生は、こう論じています。
「中道主義を根底にした政治、すなわち中道政治は、対峙する二つの勢力の中間や、両極端の真ん中をいくという意味ではありません。あるいは、両方から、そのよいところをとって、自己の生き方とするような折衷主義でもありません。色心不二の仏法の生命哲学に立脚した、人間の尊厳を守り、平和と幸福を実現しゆく政治ということであります。」

これこそが真の中道主義であると明確に示してくださいました。われわれが公明党のために頑張って来たのは、民衆の一人ひとりの幸福のためです。原点に帰って中道こそが政治の目的だった。

衆院の解散と総選挙に当たって、公明党(衆院)は全員離党し、中道改革連盟に入って、比例区で闘うことが決定しました。
即ち、只今から総選挙(2/8)を目指して支援活動に入ります。

今回の「中道」勢力の結集によって、世紀の大変革を呼び起こすことになることを期待しています。
いまふたたびの陣列に~
広宣流布を目指して、新たな支援活動に邁進したいと思います。

23日の国会冒頭解散、2月8日総選挙で、中道改革連合の大勝利をを祈って、さあ出発です。