絵画館前のイチョウ

たまたま絵画館前のイチョウ並木の前を通りかかった。

2021年11月19日15時 撮影

少し日は傾いていたが晴天の気持ちいい日和ひよりだった。

先生の「四季の励まし」(聖教新聞11月14日掲載)に掲載された写真を思い出しながら撮った。少し日が経ってイチョウの色づきも濃くなっていた。

先生の写真「四季の励まし」に掲載された写真

四季の励まし広布のこころざしの人は「福運の勝者」にこうあった。

「志ざし」には目に見えないが、「志ざし」の力によって、
勝利の方向へ、幸福の方向へ向けていくことができる。
 
信心の「心」に微妙な違いが、時とともに大きな境涯の差となって現れる。

絵画館前のイチョウの並木は手入れが行き届いている。ここが人々の中心、東京であることを感じてしまう。
そして、ここは創価学会の総本部あるところです。

11.18学会創立記念日のイチョウ並木を見ながら、心こそ大切なれと思い出してしました。

ただ心こそ大切なれ、いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし(四条金吾殿御返事)

今年もあと僅かになりました。広布のこころざしの人は「福運の勝者」の心で最後まで闘うことを誓って。

 

名前は幕末から明治維新に変わった

江戸幕末期の頃「名は体を表す」と云ってた。その本当の意味は 身分・肩書を示すことから来ていた。即ち、社会的な支配と序列を決めるためのものでした。武士も百姓も町人もそれを常識として暮らし、何の疑問もいだかなかったのであります。

武士は擬似的な官名を使い、例えば播磨守はりまのかみ玄蕃頭げんばのかみ上総介かずさのすけなどと名乗っていました。
どのくらい偉いのか名前で分かるようななっていたものです。

与力や同心など下級武士や庶民は身分に相応しくない名前は遠慮したものでした。時代劇で与力の中村主水もんどなどは分不相応で、あり得ない名前だったようです。

右の百官名は代表的なもので、
こんなに沢山あったんです。

老中を務めた大名の松平右近将監うこんのしょうげんは、これが正式な名前であり、武元たけちか名乗なのりで書判(花押)と同じ扱い。正式な名前でなかったようです。

名乗なのりと名前は違っていたようなのです。

例えば、伊能忠敬は当時は伊能勘解由かげゆ(名前)と呼ばれ、忠敬という名乗なのりは誰も使っていなかったようです。

明治維新は王政復古の名のもとに、その社会秩序を揺がしました。これまで使ってきた名前まで変えてしまった。明治5年に通称と実名が統合され、改名も禁止されてました。現代の氏名となった訳であります。

名前は”世の風俗に従う”ものだそうです。江戸は幕末の頃、名前は身分を表したが、近代”氏名”は国民管理のためとなりました。

生まれたとき、親が命名した名前を一生使わなくてはならないとは何かつまらない気がします。江戸時代は結構自由に改名していたようで幼名、元服、家督相続、隠居の時々に改名してました。

親から命名された名前を、自己責任で改名しても良いんではないかと思っているのですが、これも”世の風俗に従う”ところですから仕方ないところでしょうかね?

 

”Bon”の成長記録(満2才)

昔、日本には鳥をでる文化があった。メジロやウグイスの他に名鳥といったものまでありました。隠居の楽しみであります。

鵐(ノジコ)は雲州の御留鳥おとめどりとして領外不出の名鳥でした。
「松平不昧公ふまいこう音信おとずれという名鳥であって、これを茶室の軒にかけ、その鳴き声を聞きながら、茶三昧にふけったという。」

野鳥を愛玩用に飼うことは出来ないので、バードウォッチングで一度、そのさえりを聞いてみたいみたいと思います。「チンチン、チョロリー、チョイチョイ」と歩きながらさえりもするそうです。

犬や猫と同じように、改良された小鳥は、もう野に放つことは出来ません。我が家で飼い始めた十姉妹ジュウシマツ梵天ぼんてんは名付けて”Bon” 。カゴの中の鳥で2歳になりました。

隠居の楽しみとして飼い始めた手乗り十姉妹ジュウシマツは、誰にでも馴れて可愛いものです。飛ぶは下手でホバリングみたいな飛び方です。

十姉妹ジュウシマツは孵化後40日で巣引きし成鳥になります。十姉妹ジュウシマツの寿命は3年から8年だそうです。まだまだ元気なのは当たり前。これからも元気でいてくれればと、ハッピーな気持ちになります。

BonsovaボンソワールBonjourボンジュール 、梵天。この子と一緒に暮らしましょう。

 

ラムサール湿地とその理念

日本でラムサール条約に登録された湖沼は全国で52ヶ所あり、154,696haにもなります。(2019年2月28日現在)

ラムサール条約とは、湿地の保存に関する国際条約がイランのカスピ海に面したラムサール市で開催されたのに因んだものです。

特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地を守るための条約ですが、その理念は開発を規制するためではなく、保全・再生ワイズ ユースWise Use交流・学習を目的としています。

食糧増産のため湿地を干拓・開墾ししたのは昔話しです。今では自然との関わり方をみんなで考えていく時代となりました。

微妙なバランスを保った自然を崩すと復元が極めて難しいことを私達は多くの事例で学んできました。自然との共生は実に難しいことです。いっそのこと農水省と環境省は一緒になってもいいと思っているくらいです。

そもそもバードウォッチングを楽しむようになったのは、2018年国連大学でラムサール条約についてのシンポジウムに参加してからです。
臆面もなく、いきなり研修会やシンポジウムに参加し、それ以来、バードウォッチングを楽しむようになりました。
あれから4年も経ったことになります。

バードウォッチングで最近に気がつくことがあります。鳥が居そうな所は必ず水場があるのです。水鳥はもちろん、林の小鳥も水場を利用しています。湿地(Wetland)と野鳥は密接な関係です。

全国52ヶ所のラムサール湿地の中で、水鳥・湿地センターは10ヶ所あります。そのうち、5ヶ所が北海道にあります。北海道の自然は日本の中で別格です。

自然との共生を考え、周囲の小さな自然の中に美しさとさわやかさを感じ、そこに人々のちょっとしたふれ合いに喜びを感じる。そんな生き方をしたいと思ってます。これは一寸した能力でもあります。

野鳥公園ボランティア・ガイドとして今も活動中

自然との共生を、私の老後の主題にしてきました。

その生き方の一つとしてのバードウォッチングなのです。
ただ珍しい鳥を追いかけているだけではないのです。

交流・学習(CEPA)は大切な理念です。
CEPAとは、交流(Communication)、能力養成(Capacity building)、教育(Education)、参加(Participation)、普及啓発(Awareness)です。
バードウォッチングを楽しむことは、CEPAの一つの形だと思います。それも自主的なCEPAは価値ある活動だと思っています。

WWFは1960年スイスで発足し50年経ちます。1986年WWFはその名称を改め、世界野生生物基金(World Wildlife Fund )から世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature)へ生まれ変わりました。

AKOMEYA TOKYOで販売されている
シギの恩返し米

先日行った東よか干潟の近く、佐賀県東与賀・責任ある農業推進プロジェクトがあるようです。これはワイズ ユースWise Useの活動の一つでしょう。

渋谷の東急プラザに、AKOMEYA TOKYOがあります。この店が、東よか干潟と都会との繋がりをしてたのです。こんな新しい挑戦がが上手く行けば、なかなか面白くなります。

もう一段深く自然との共生を考える時代を迎えています。
歩けるうちに、あちこちのラムサール湿地に行ってみようかな?

 

コロナ収束に期待

東京ではコロナ新規感染者が激減し、あたかも収束に向かっているような気がします。

東京都は17日、新型コロナウイルスの感染者が新たに40人、死者6人が確認されたと発表された。1日の感染者数としては今年最も少なかったと報じられました。

新型コロナ治療薬も進化してきた。これでコロナ収束に向かうかと期待しています。

  1. デキサメタゾンとバリシニブ(重症患者用)
  2. レムデシビル(中等症患者用)
  3. 抗体カクテル[カシリビマブ、イムデビマブ](軽症~中等症用)
  4. ソトロビマブ(体内への侵入を防ぐ抗体薬)
  5. 経口薬(ウイルス増殖を抑える飲み薬)

いろんな治療薬が開発されてきた。こうなると治療の選択肢が広がり、これが駄目ならあれと医療の幅が出来てきます。
まるで癌治療で抗癌剤を試すように、コロナでも色んな治療方法で治すことができるかも知れません。

素人に治療薬の開発の詳しいことは分からないが、先進的な技術と猛烈なスピードでもって開発が行われていることだろう。

コロナ禍の終息宣言が、来年早々に前ることを期待しています。否、コロナ終息するようマスク、手洗いなどの習慣を守ろう!