未だに戦後を引きずる戦後70年

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ドイツも日本も敗戦国です。そして世界のヘゲモニー(覇権)国家となったアメリカは、今も身勝手な振る舞いを続けています。
doitsunihon

第二次世界大戦を知らない戦後ベビーブーマーは、気づけば、もう65才以上の高齢者となっています。

戦後ビーブーマーであるモリパパの学校給食は、脱脂粉乳とコッペパンでした。
コッペパンのおかずは、不味まずい”ひじき”で、無理やり食べたのを思い出します。
太平洋戦争について誰もが口を閉ざし、進駐軍(米軍)に対して無言の大人を見てきました。実存主義のサルトルに共鳴した青年が増え、何かを訴える全学連を見ながら、闘争的な議論に終始したのも僕達ベビーブーマーです。

第二次世界大戦、それは1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドへ侵攻したのに始まった。そしてヨーロッパは5年半戦争の後、1945年4月25日にイタリア、1945年5月8日にドイツが敗戦。
日本はヨーロッパ戦線より遅れて、1945年8月15日に敗戦を迎え、第二次世界大戦は終わりました。

1939年~1945年の6年間、ドイツでナチ、イタリアでファシスト、日本では軍部によって、全体主義に陥った戦争でした。
この戦争が終わり、こんど敗戦国ドイツと日本はアメリカの自由主義による支配へ一転しました。

何の評価をするヒマもなく、民衆は全体主義から自由主義を押し付けられたんです。そして70年経った今日、戦後の歴史を少しは冷静に振り返る事ができるようになりました。

朝日新聞の独自調査「被害を与えた周辺国との関係、日独で意識差」が掲載(2015.4.14)されました。これは、日本とドイツとの戦後教育の違いを総括しています。

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教育ほど重要なものはありません。
その時代の情景は「過去を振り返って、どんな教育がなされてきたのか?」を反映したものと言って過言でありません。
教育を軽視してはいけません。
時代を作り、世界を作る偉大な事業は、教育そのものです。
社会のために教育があるのではなく、教育のために社会があることを!

さて、ドイツと日本で差がでているのは「戦争・ナチスの時代について学校でしっかりと教わったか?」「東京裁判・ニュルンベルグ裁判について知っているか?」の二つです。
ドイツでは自分たちの負の精神遺産を直視するよう、教育してきた結果ではないでしょうか。ヴァイツゼッカーの言う「われわれ全員が過去を引き受けなければならない」といったドイツの心ではないかと思います。
その点、日本の戦後教育は「教育の中立性」を楯に、戦争を直視することを避けてしまった。結果、知識の詰め込み教育に陥ってしまいました。

今も韓国では慰安婦問題が根強く、中国では南京虐殺が教科書に載っています。これら忘れてはならない歴史であります。
こういった問題も戦後教育に根付いたものです。歴史認識を共有できるまで、根気強く向き合っていくことが求められています。対話と理解を進めることだと思います。決して交渉の対象ではありません。

最近、シリアからの難民問題(2015年10月~)で、ヨーロッパが揺れています。フランスでは極右政党の国民戦線が躍進し、EUの難民受入に対してフランスまでもが、難民受け入れ反対の意見が露骨になり始めました。
しかし、ドイツではシリア難民受入に寛容です。ミュンヘンで100万人以上のシリア難民を受け入れているそうです。
「受入に寛容だ」というより、かつての反ユダヤ、ホロコーストの悪夢に対する負の精神的遺産が、ドイツにはあるからに他ありません。

最も悲惨な戦争体験を持つ歴史があるからこそ、平和に対して責任を以って対応する精神遺産を築くことが大切です。
これが、未だに戦後を引きずる戦後70年の日本の使命でもあるのです。