今日は、創価学会が宗門(日蓮正宗)と決別し、今日が魂の独立から25周年を迎えました。
すでに勝負は決し、創価学会は世界宗教として192カ国地域に広がり飛躍しましたが、宗門は混迷、衰退の一途を辿り無惨な姿を露呈しています。結果は歴然としています。
当
起
遠
迎
当
如
敬
仏
大聖堂が落成して3年、学会は一人を敬い、ひとりを大切にしてきました。
一人ひとりの「人間のため」が目的であります。こうした生命哲学が根本になっているのです。
これに対し、宗門は「人間を手段」としか見ていません。この差は歴然とした結果に繋がりました。
創価学会は世界に大きく拡大できました。国家、民族、言語、文化の差異も超克して全世界に拡がりました。
一方、宗門は権威の宗教に固執し、憐れにも自己保身に汲々としています。
「当起遠迎 当如敬仏」とは、「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」将に創価学会仏のことを謂います。
題目をあげる我々こそが創価学会仏なのです。
”人間宗教”の謂れであります。
此の品の時最上第一の相伝あり、釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり八字とは当起遠迎当如敬仏の文なり、此の文までにて経は終るなり当の字は未来なり当起遠迎とは必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可しと云う経文なり、法師品には於此経巻敬視如仏と云えり、八年の御説法の口開きは南無妙法蓮華経方便品の諸仏智慧 終りは当起遠迎当如敬仏の八字なり、但此の八字を以て法華一部の要路とせりされば文句の十に云く「当起遠迎当如敬仏よりは其の信者の功徳を結することを述す」と、法華一部は信の一字を以て本とせり云云。御義口伝巻下 781ページ
今は、まだ小さな萌芽に過ぎない創価学会も、やがて時を刻み、宗教史上目を見張るような出来事であったといわれるよになることでしょう。
参考資料:魂の独立から25周年