先週、九州から先輩が我が家を訪ねて来てくれました。その折に紹介された本を読んでみた。「寅さん」こと渥美清の死生観 です。
著者:寺沢秀明が、寅さんこと渥美清との思い出を振り返って、綴ったものです。
平成元年(1989)から渥美清が亡くなる直前平成7年までのお付き合いの様子を書いています。
寺沢は聖教新聞の記者ですが、なぜこんな名優:渥美清と昵懇の仲になったのだろう?
渥美清の付き人に間違えられてからだそうです。
どんな仲になったのか、渥美清が言ったセリフを借りて紹介してみましょう。
いつか、こうして僕と付き合ったことを誇りに思う時が来たら、その時は俺が話したこと、行動を共にしたことを全部書いていいから
と言われたほどの仲になっていきます。
著者:寺沢が胆石の手術で入院したことを知った時のこと、渥美清はこんなことを言っています。
もしもってことがあるだろう。人の”生き死に”の時は友達だったら知らせるのが礼儀だろう。
そのうち渥美清の方から、聞いて来るようになっていきます。
なかなか世間では口にしない話だからね。それに君だって宗教系の新聞社に勤めてんだからさ、少しは他の人より詳しんだろ、そういう話。僕はそれを期待していたのかもしれないよ。君は専門家じゃないから特にいい、芸能記者だからな。
アンデスの写真をみて、渥美清は何かを感じ取ったようです。
茶化すなよ。君がいつも、そっちの方向へ話を持っていくくせに。でも地球が浮かんでいることは本当に素晴らしい。多くの人の喜怒哀楽も、元を質せば、そこから始まる。それを思うと誰がどうのこうの、あの国がどうの、あの地域がどうした、そんな人間の思考をはるかに超越した”絶対的なもの”を感じるなそれでなければ、こんな広大な果てしない大宇宙に、こんな美しい星が浮かんでいるわけがない。
そして、死んだ先のこと、死んだらどうなるのか、話題に…
違う、全然違う! そうじゃないんだ。地球をまわっているのは、いずれどこか果てしない大宇宙へ飛び立っていく前に、一切のもの、すべてのものと別れを告げるためにまわっているんだ。やがて、どこか遠い遠い宇宙の果に吸い込まれていく。それもたった一人で…… きっと死ぬ時の夢じゃないのかな。
このころから渥美清の肺ガンは進行していたらしい。いろいろ考えるようになって来ていた。体力も落ちてきたらしい…
うん。今度の最終ロケなんだけど、うまくいけば明日か明後日には終わると思う。でもそれまで持つかどうか…… 不安なんだ、側にいてくれるだけでいいから、来てくれないか。岡山まで来て、明日、早い船に乗れば間に合う
取るものも取り敢えず、寺沢はロケ地の志々島へ向かった。
ほう、よく知っているね。若いのに。じゃあなにかい、現在、生きている人には全員、前の世があったということだな。
ふうん。でもどうして証明できるんだい。
寺沢は「間違い有りません。必ず人間に生まれます。これがけ人に喜びと勇気を与え元気づけてきたんですから、来世も多くの人に慕われ、尊敬される立場に生まれ変われるんじゃないでしょうか」との答えに
そう。本当にそうかい……。そのひと言が聞きたくてね、それで来てもらった。
寺沢が、渥美清の師匠は誰かと質問したとき、これに答えて、笠智衆かな?とこたえています。
ただ、そこに立っているだけで絵になった。演技を超えていたからな。存在自体が作品であり素晴らしい演技だった。もう少し長く生きていたら… もっと一緒に仕事ができたら… 直接いろんなことを伺いたかった。学ぶには躊躇してはダメだな。思い切って、教わるときには勇気をもって教えを乞わなければ…
”人生にとって本当の幸せは金でも名誉でもない、まして地位や立場でもない”と君は何回か口にしたよな。あれ本当だよ。この俺が言うんだ、間違いない。最初は僕に対するあてつけかと思った。(中略)
隣の犬が苦しんでいたって自分家の犬が激励に行ったなんて話はきいたことはないもんな。人生にとって本当に価値ある生き方は何であるか、僕はみつけたような気がする(中略)いいってこと、いまの気持ちだ。それでだ、ようするに人生は山あり谷ありだ。楽しいこともあれば悲しいこともある。それに一喜一憂していたのでは人生の本当の意味が分からない。楽しいことは楽しいとして、苦しいことは苦しいとして、その一つ一つを見つめ、素直に受け止め、じっと噛みしめる。そのすべてが自分の成長のためであり、人生を豊かにしてくれる。それは人生の節になる。乗り越えた時は大きな喜びとなり、自信となり、楽しい思い出となっていくもの
逃げちゃいけないんだ。困難を乗り超える度に人間は成長する。そして人間は何のために成長するのか。それは自分に関わるすべての人の幸せを心から願える人間。行動できる人間になるためだ、人生の究極はそのためにある。それを目指して生きていく。これこそ本当に価値ある生き方……
病気をしてからそんなことを思うことがあるんだ。これから先も何のために生きるんだろうって…… 実際のところ、わからなくなってしまうことがあるんだ。まえにも言ったかどうか、君なら覚えているだろう。もし、この世に寅がいなかったら、こんな人気者にならなかったら、自分はこんな思いをしなくてすむだろうって。
寅で有名になり、豊かになり、寅でいい思いをしてきた。それなのに今、寅で辛い思いをしている。不思議だな。これも人生楽ありゃ苦もあるってやつかい。
これは寅さんこと渥美清の遺言かも知れません。寅の声が聞こえてきそうです。このあと二ヶ月後、渥美清は亡くなりました。