2017年7月29日、(株)スローハンド制作のNHK Super Premiumの「玉木宏 音楽サスペンス紀行~マエストロ・ヒデマロ 亡命オーケストラの謎~」これは素晴らしい番組だった。日本でもこんな作品ができるのかと感心した。以前観たFilms2010制作のワーグナーとユダヤ人のわたし(Wargner&Me)を凌ぐ番組でした。
ドイツ・ナチスの嵐が吹き荒れる欧州を舞台に活躍した日本の音楽家:近衛秀麿の物語です。
彼は当時首相だった近衛文麿の弟です。
戦時下ドイツに在り日独両国の板挟みに、苦悩した音楽家だった。自分のオーケストラを率い、ユダヤ人の国外脱出を密かに手助けしたという人道主義者です。
近衛秀麿を追って、その大胆な企て、ユダヤ人亡命の手助けを明らかにしていく。そしてナチス占領下のポーランド・ワルシャワで、決死で未完成交響曲を指揮した。その事実を紐解いていきます。指揮者も演奏者も死をも覚悟した演奏会でした。
次く番組があります。近衛秀麿が、当時ワルシャワで演奏したスコアを復元(1943/9/28)し、ポーランド劇場で、いままた「未完成交響曲」を演奏したのです。現地で演奏家とオーケストラを組み、当時の演奏を再現2017/5/13に収録しています。それは当時「日本の夕べ」として演奏された「未完成交響曲」のままに復刻した演奏会でした。
我々は、1943年当時のワルシャワに戻ることはできませんが、JAPANISCHER ABENTの異様な緊張感を想像できます。舞台の上には、指揮者:近衛秀麿、演奏者の殆どがポーランド人、そして観客は全てドイツ将校です。ポーランド劇場の外は、瓦礫の山。目を覆うべき悲惨な世界が広がっている戦時下の演奏会でした。
欧州には、かくも音楽に人の心を動かすものが刻まれています。ヨーロッパに育った文化遺産(クラシック)は、今も息づいています。
未完成交響曲はシューベルト25才(1822年)の時に書かれたものですが、体調不良に苦しめられていた中での作曲でした。第1楽章、第2楽章を一気に書いて、ペンは止まってしまった。そして、この交響曲は封印されてしまった。
シューベルトの死後37年経って、机の引き出しから発見されたこの交響曲は、1865年、日の目をみることになります。そんな数奇な運命を辿った曲です。
それが、1943年の戦時下、ナチス監視下で近衛秀麿が指揮し、ポーランド人により演奏されたJAPANISCHER ABENTの感動の演奏会を歴史に残しました。
このドキュメンタリータッチの映画を企画に拍手を贈りたい。是非、NHKオンデマンドで視聴して下さい。
シューベルトは死の際に、「ここにはベートーベンがいない!」といったそうだが、その意味はシューベルトでなければ解りません。もし、彼がこのJAPANISCHER ABENTに立ち会ったら、絶賛したことでしょう。しかし「ここにはシューベルトがいない!」