池田先生から激励を受けて

闘いの真っ只中、先生が目黒(三田の地域)を回ってくれたそうです。5月7日(日)午前中のことだったそうで、その時間モリパパも目黒近くに居合わせました。同じ空気を吸っていたのです。同じ景色を見ていことになります。

ある婦人部の方が、そのころ三田の路傍に咲いていた黄色い菖蒲の花を撮影されていました。いただいた写真ですが、目黒では菖蒲は勝負に通じる花なのです。

そして先生も車窓からでしょうか、
目黒駅周辺を撮られた写真が会館に貼られ紹介されました。(会館の蛍光灯が反射して放射状の光が入ってしまいました。何かバンザイみたいに写ってるので、このままにしました)

そして更に「新・人間革命」に目黒のことを掲載してもらった。

懐かしい勝さん(故人)や佐々木さんも登場している。
佐々木さんに、5月25日図らずも会館でお会いすることができました。30年ぶりでした。これまでのことを報告、嬉しかった。

旧・目黒平和会館も懐かしい。こんな建物だった。ここの二階の踊り場に「祝 破門」と掲示された、あの支部長会を思い出す。

小説「新・人間革命」雌伏63~65(2017年6月7日~9日掲載)

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 六十三 2017年6月7日

法悟空 内田健一郎 画(6091)

 山本伸一は、奄美のメンバーを見送ると、東京・世田谷区の功労の同志夫妻を訪ねた。一家は、目黒区内で焼き鳥店を営んでおり、開店前のひととき、その店舗で懇談した。
 彼は、集っていた家族の近況に耳を傾けながら、人生には幾つもの苦難の坂があり、信心根本にそれを乗り越えていくなかに、一生成仏への確かな道があると語るなど、励ましを重ねた。
 このあと、目黒平和会館(後の目黒国際文化会館)へ向かった。目黒区の宗門寺院では、前年一月から、学会への激しい誹謗・中傷が繰り返されていた。一途に広宣流布に走り抜いてきた同志は、身勝手な学会批判に、地団駄を踏む思いであった。そのなかで、正義の勝利を確信し、活動に励んできたのだ。
 伸一は、前年の三月十一日にも、同志の激励のために目黒平和会館を訪れていた。会長辞任の一カ月余り前のことである。その時、一階に居合わせた高等部員に声をかけた。
 「未来は君たちのものだ。やがて広宣流布のいっさいを担って、活躍する時代が来る。そのために、今は、しっかり勉強して、力をつけ、時が来たら、社会のため、民衆のために、さっそうと戦っていくんだよ。二十一世紀の君たちの雄姿を楽しみにしています」
 そして、階段を上がり始めると、ちょうど壮年たちが下りてきた。若手壮年の人材育成グループのメンバーであるという。
 「なんという名前のグループなの?」
 伸一が尋ねると、先頭にいた壮年が、胸を張って答えた。
 「『勇将グループ』です」
 「いい名前だね。中心者はどなたですか」
 「私です!」と、その壮年が言った。
 「お名前は?」
 「勝田常一と申します」
 眉毛の太い、凜々しい顔立ちの四十過ぎの丈夫である。
 「『勇将』に『勝田』――すばらしいね。勇将というのは、吹き荒れる烈風に勇み立つ人だ! 困難に闘魂を燃やす人だ!」

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 六十四 2017年6月8日

法悟空 内田健一郎 画(6092)

 山本伸一は、勇将グループのメンバーと、目黒平和会館の階段で記念のカメラに納まった。そして、目黒長の佐々井幸啓に言った。
 「活動は明るく、はつらつと進めていくんだよ。みんな、ありのままでいいんです。
 リーダーは、画一的に物事を進めるのではなく、どうすれば、それぞれの人が自分らしく、伸び伸びと、最も力を発揮していけるのかを考えていくことです。
 また、前進の牽引力となるのは、リーダーの率先垂範です。自分の行動と情熱、真剣さで、皆を触発していくんです。同志の心に歓喜と闘魂を燃え上がらせるのが勇将です」
 以来、十一カ月ぶりの訪問であった。
 会館のロビーには、子どもたちの声が弾み、何人もの壮年や婦人の姿があった。これから二階の広間で、柿の木坂支部の支部セミナーが開催されるという。
 「皆、大変ななかで、胸を張って頑張っているんだね。嬉しいね」
 彼は、子どもたちも含め、そこにいたメンバーと一緒に写真を撮った。
 会館の三階に上がると、二十人ほどの壮年が集っていた。なんと、あの「勇将グループ」の研修会であった。
 責任者を務める本部長の勝田常一が、感極まった顔で言った。
 「先生! ありがとうございます」
 「不思議だね。また、『勇将グループ』の皆さんとお会いできるなんて」
 「前回、記念撮影していただいたメンバーは卒業し、今回は、新しいメンバーが集っています」
 「すばらしいことだ。陸続と人材が育っていってこそ、広宣流布の前進はある。現状維持は停滞です。創意工夫をかさね、常に現状を打破し、希望へ、勝利へ、未来へと進んでいく力が信心です。どうか、一人立つ一騎当千の人材を育て続けてください。目黒は全員が勇将となり、常に勝利の大道を開き、その精神を世界に伝え抜いてほしい。
 『勇将・目黒』万歳だ!」

〈小説「新・人間革命」〉 雌伏 六十五 2017年6月9日

法悟空 内田健一郎 画(6093)

 「それでは、一緒に勤行しましょう」
 山本伸一は、「勇将グループ」のメンバーらと共に勤行し、皆の健康と一家の繁栄、目黒創価学会の勝利を真剣に祈念した。
 その後、婦人部、女子部の幹部らと懇談した。区の婦人部長からは、特に伸一の会長辞任後、激しさを増す寺の学会批判のなか、一人も同志を落とすまいと、個人指導に全力を注いでいることが報告された。
 「苦労をかけるね。辛いだろうが、今が正念場だよ。必ず事態を打開していくから、すまないが頑張ってほしい」
 伸一の言葉に、彼女は目を潤ませた。
 「先生、私たちは負けません! 大切な同志を、守り抜いてみせます」
  「ありがたいね。頼みます」
 すると、区の女子部長が言った。
 「女子部は今、活発に部セミナーを開催して、折伏・弘教を推進しております。信心する友人も増え、皆が歓喜に燃えています」
 「すごいね。新しい時代が来たね。時代は創るものだ。一緒に築き上げようよ」
 伸一は、嬉しかった。
 彼と峯子が一九五二年(昭和二十七年)五月三日に結婚し、新生活のスタートを切ったのが目黒区三田であった。戸田城聖の家にも近かった。夫婦して師を守り、学会の未来を開こうと誓い合い、広布の新たな歩みを開始していったのだ。その目黒の青年たちが、吹雪に胸を張り、進むように、喜々として弘教に励んでいることに喜びを覚えたのである。
 語らいのあと、伸一は、二階の広間に向かった。既にセミナーは終わっていたが、役員をはじめ、各部のメンバーが残っていた。彼は、ここでも皆と記念撮影し、さらに、「うれしいひなまつり」「月の沙漠」「人生の並木路」をピアノ演奏した。
 「皆さんへの、せめてもの励ましとして、ピアノを弾かせていただきました。何があっても、堂々と勇気をもって進もう!」
 試練の嵐のなかで、同志は奮戦していた。創価の新しき力の胎動が始まっていたのだ。

 

そしてこの6月、決戦の夏を迎えます。思い出に残る闘いを!
東京凱歌こそ、我々弟子が責任の「総仕上げ」の闘いです!