原点は目黒と北海道

6年前(2017年5月9日)の稿記事「折々の指針を読んで」を読み返して今更ながらに北海道とのえにし深きを想っている。

(2017年5月)3日には、広宣流布大誓堂で勤行し、全同志が健康長寿であれ、無事安穏であれ、そして幸福勝利あれと深く祈念した。
(中略)
7日には、恩師にゆかりの目黒区などを車で回り、同志に題目を送った。
目黒の三田は、65年前の5月に、私たち夫婦が新出発をした地でもあり、発展の様子を懐かしく見つめた。
(中略)
あの夕張での闘争からは60年――。愛する北海天地の父母たちは地域の信頼の柱と仰がれ、三代城の丈夫も、華陽の乙女も、目覚ましく成長してくれている。恩師がどれほどお喜びか。
(中略)
昭和32年の7月3日、北海道から大阪へ向かう途中、羽田空港に降り立った私に、恩師は言われた。
「広宣流布は、現実社会での格闘なのだ。どんな難が競い起ころうが、戦う以外にないのだ。大作、征ってきなさい!」と。
不二の師弟に恐れなし。
元初から誓った「立正安国」の遠征を勇敢に続け、正義の勝利を一つ一つ打ち立てていくのみである。(聖教新聞 2017年5月9日)

闘いには原点があります。池田先生にも原点があるのでしょう。あるとすれば、それは新婚時代を過ごした目黒大阪闘争へと繋がった三代城の北海道でしょう。
勝手な解釈かもしれませんが、目黒北海道は池田先生の原点の地だと想っています。

「新・人間革命」第19巻 陽光 p.199冒頭に以下の記述がある。

 生きるということは、戦うということである。
 細胞も戦っている。血液も戦っている。人生も闘争だ。社会も闘争だ。
 文豪ゲーテはうたう。
 「わたしは人間だったのだ。そしてそれは戦う人だということを意味している」
 ──私たちは、なんのために戦うのか。
 自身の幸福のためである。何があっても挫けない、自分自身を築くためである。人間革命のためである。また、人びとの幸福のためである。社会の繁栄と平和のためである。
 アメリカの思想家エマソンは明言する。
 「他に奉仕し、人間全体の幸福に何ものかを寄与しようという意志、それが人生の本質なのである」
 私たちは、妙法をもって、末法の一切衆生を救うために出現した地涌の菩薩である。まさに広宣流布という「人間全体の幸福」の実現こそ、私たちの使命だ。
 戦う限り、勝たねばならない。絶対に勝つと決めて、戦い抜くのだ。
 勝利のためには、何よりも己自身を制覇せねばならぬ。きばをむく獰猛どうもうな敵も、所詮は自分の心の影にすぎない。
 自身に勝つのだ!
 臆病に勝つのだ!
 あきらめの心に勝つのだ!
 怠惰に勝つのだ!
 自身に打ち勝ってこそ、大いなる「前進」があり、燦然さんぜんと「勝利」の陽光は輝くのだ。

「生きるということは、戦うということである。細胞も戦っている。血液も戦っている。人生も闘争だ。社会も闘争だ。」とは、何度も池田先生のスピーチで聞いた指導・激励であります。いまよわい74歳に近づいて同じ気持ちでいられることに感謝してます。

自分にとっての原点は、目黒北海道であり、生涯、闘争は続きます。いま北海道に移住して次の言葉が、胸に迫る思いです。

冬の寒さを耐え忍んできた人ほど、春の陽光に感動を覚える。

人生には試練はつきものだ。それに負けないことが勝つことだ。」と激励を受けながらここまで来た。

あらためて「広宣流布とは恒久平和の異名でもある。断じて戦争をなくそうという戸田城聖の誓から、戦後の創価学会は始まった。ゆえに、平和を祈り、平和のために戦うことが、学会の精神なのだ」との指針は今も変わっていません。

今なお、世界中が戦争に苦しんでいることを思うと、僕らの戦いはまだまだ続きます。いま、身近な祈りから始めようとおもう。

 

 

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