選挙とは何か?

選挙とは何か?少々思いを巡らせば、それは権力の争奪戦です。近代、権力を握るには選挙という方法がとられるようになった。
国家を統治する側にまわる者は、厄介にも選挙という方法を経ねばならない。それが近代国家であり、民主主義なのであります。

司馬遼太郎は選挙について、1992年こんなことを書いています。

子供の喧嘩でも、汚物を投げつければ勝つに決まっているのに、かれらでさえそれをやらない。
が、選挙では、それをやる場合がある。選挙民の一部に対し、彼らの遠い先祖が持っていた汚物のような欲望をめざめさせてそれを刺激するという方法である。

このくだり、新潟県人会には失礼ながら、田中角栄の越山会といっていい。

むかし吉田茂は高知県から選出されたが、地元に即物的利益を還元しなかった。
高知県は日本でもめずらしいほど鉄道のすくない県だった。
が、県民はそういう要求を吉田茂につきつけたことがなかった。明治の土佐自由民権運動以来の伝統で、ガラス張りの法治国家をよろこぶという美質があった。

世の中が、わるくなってきている。選挙のたびに、被選挙人たちは、選挙民の古アジア性を掘り出し、たがいに自然の欲望のダンゴになるようにしむけてきた。
そのやり方をつづけるうち、被選挙人の形相ぎょうそうまでかわってきて、世間をおびやかすような雑菌まみれの自然悪の顔が増えてきた。

これを救済するのは、法だけである。法は国会が作る。代議士諸侯は鏡の中で、もしそういう自分の顔を見出した場合、腐敗防止法という法をつくって、大いそぎで自分自身を縛りあげて、国民よりまず自分から救い出してもらいたい。英国では、早い時期にそのようにして、腐敗を根絶した。

被選挙人は、選挙のたびに、お願いします、を連呼している。(1992年(平成4)11月2日 「風塵抄 二」P.82 より)

これが1992年(平成4年)当時、司馬遼太郎がみた、選挙であり政治だったのです。選挙では汚物のような欲望を選挙民へ投げつける。そんな選挙と政治が、かつて当たり前だったのです。

翌年、1993年(平成5年)7月18日第40回衆院選で、公明党は52名当選を果たし比例区で511万票を獲得。

そして同年8月9日に細川連立内閣が発足し、公明党から4人がはじめて入閣しました。

さて、これをみた司馬遼太郎は、次のように書いています。

政治家が、国民から負託されて政治を代行していることは、言うまでもない。政治は、商業における品物である。
両替のあいだは上下はなく、そこに機能のちがいしかない。
政治家が卑屈になることもなく、また威張ることもない。
げんに、威張らない、という初歩的なことを党内の倫理の一つにしている新政党がある。顔ぶれをみると、なるほどさきの「たれのお蔭で」という虚喝ーー疫病神ーーのにおいがない。
そのかわり、選挙人にも威張らせないのに違いない。
選挙人が、投票を担保かたにあとあと私利を得ようとするのを、同時に拒否しているはずである。透き通った市民性とはいえる。
”ナニナニさせて頂きます”語法は、どうやらこれら新しい党の候補者たちによって、ごく自然にーー当人たちも気づかずにー
頻用されたかのようである。

あたらしい思想表現は、古い風土から導き出されてくるものだということを、国民の前で見せてくれたことは、功績だった。ただし、多用は、ことばがべと付いて美しくない。
(1993年(平成5年)8月2日  「風塵抄 二」P.152 より )

細川護煕もりひろ 氏がまだ熊本県知事だったころ、仕事の関係で直接お会いしたことがあります。熊本県では「殿様」と云われてました。
県知事退任後に、巻紙の書状で退任挨拶が届けられました。
特に親交があった訳でもないのに、こういったところが政治家なんだなと、印象深かったことを思い出します。

話を戻します。公明党は「自公」政権として、一時、民主党政権時に下野したものの、政権与党として歴史を刻んできました。
政治を「汚物」から引き離し、「透き通った市民性」をきずき上げてきたのは、紛れもなく公明党でした。

公明党の選挙は「風」に乗ったためしがありません。すべて自前の支援、すなわち手弁当で地道に選挙を勝ち抜いてきました。
こんな選挙をするのは、公明党と共産党しかありません。(共産党は本当に手弁当か疑わしいところがありますが…)

選挙は、傍観しているひとには判らないものです。たった1票差に泣き、たった1票差に笑うのが選挙です。選挙は勝負です。
公明党にとって選挙は、支援活動は、候補・支援者ともに闘う、共闘です。ですから支援者側に「使われている」感がありません。むしろ候補側に「指名された」感があるほどです。
「使命感で共に闘う」新しい選挙活動を生んで来たといえます。

手弁当であっても何回も支援活動をすればプロ並だと思うでしょうが、選挙は毎回ちがいます。…だから楽な選挙なんて無いことを知ってます。こうした支援者がいて、被選挙人(候補)も背筋が引き締まります。いい加減な支援者もいなければ、候補もいい加減なことは言えません。これが公明党が作ってきた伝統です。
公明党の選挙活動を通して、誠実で実直さが政治家の徳となって来たようであります。政治の世界にもう汚物は通用しません。

目黒区議選で挨拶に立つ山口公明党代表と6名の候補者の街頭演説(2019/4/14)

一昨日、統一地方選が終了しました。前半選(4/7投票)、後半選(4/21投票)が全て終了しました。

前半選は候補者340人中、338人当選。後半選は、候補者1222人、全員当選させて頂きました。

目黒区議選も、6名全員当選させていただき、全員前回より得票数を上回っての当選でした。
公明党の支援者と応援していただいた方々に、最敬礼してお礼を申し上げたい気持です。ほんとうに有難うございました。