戦前のポピュリズム「日比谷焼き打ち事件」

以前、大正デモクラシーから戦争への道で書いた通り、日本で最初のポピュリズムは、1905年(M.38)の日比谷焼き討ち事件に始まりました。

筒井清忠は「戦前日本のポピュリズム」の中で、日比谷焼き打ち事件は「大衆」の登場だと見ています。その大衆を煽ったものがいる。大学の教授である知識人とジャーナリストです。

メディアが煽った政治不信の行き着く先は激情型大衆動員の政治(ポピュリズム)でした。日本でそれは、ほかならぬ戦争の時代への幕開けとなったのであります。

1905年(M.38)の日比谷焼き討ち事件

司馬遼太郎は「アメリカ素描」のなかに「日比谷焼き打ち事件」について次のようにふれていました。

この時代の過ちを見事に分析しています。少々長文ですが、敢えて載せますのでお読みになってください。

Portsmouth

私は、ポーツマスの町で、1905年(明治38年)の「ポーツマス条約」について考えている。とくにその後の日本を荒々しく変えてしまうことについてである。
むろん条約そのものの罪ではない。
ロシアからもっとふんだくれるかと思っていた群衆が。意外に取り分が少ない講和条約に激昂して暴徒化した。
「群衆」これも近代の産物である。江戸の一揆は、飢えとか重税とか、形而下的なもので起こった。
ところが、明治38年に、ポーツマス条約に反対した「群衆」は、国家的利己主義という多分に「観念的」なもので大興奮を起こした。日本始まって以来の異質さといっていい。中世では個々の人間が激情に支配されていたが、近代にあっては個々の中ではむしろそういう感情が閉塞し、どういうわけか集団になったときに爆発する。中世の激情が集団の中でよみがえるといっていい。

むろん、爆発にいたるまでには、揮発性の高い言論が先行している。東京帝大法科大学の七人の教授の会というのもそうで、彼らは講話条約の意見書を決めていた。巨大な償金と領土割譲の要求がそれで、それが容れられねばあくまでも戦争を継続せよというおろかしいたぐいの主張だった。この七人もまた、中世の認識力しかもたなかったといえる。

ポーツマス条約の小村寿太郎とウィッテ

ほとんどの新聞が、右の七博士と同意見だった。かれらは、ひとびとを煽った。小村(壽太郎)がウィッテとポーツマスにおいて条約を決めるやいなや、紙面をあげて政府攻撃をした。

彼らの錯覚は、無智からきていた。
たしかに政府は、戦争の真の実情について情報をわずかしか新聞社にわたさなかったことはたしかである。
しかし、たとえわずかな量の情報でも、読み込みによって十分事実を感ずることが出来るのである。要は、真実を知ろうとするよりも、錯覚に理性をゆだねることのほうが甘味だったのである。激情を大衆とともに共有して中世の心に本卦ほんけかえりすることのよろこびは、近代社会の窮屈さから心理的に脱したくなる上でのカタルシス作用といってよい。それによって国家が滅びることなどは、この心理のなかではむしろ詩的なことなのである。

九月五日の日比谷公園での反対大会では「嗚呼大屈辱」とか「吾に斬奸ざんかんの剣あり」とかといった大文字が使用された。当日三万以上の群衆が公園にあつまり、警官隊と大乱闘となった。かれらの一隊は大臣官邸になだれこみ、ついには軍隊の出動を見た。

他の一隊は警察署、分署、派出所など二百余施設を焼き、一六台の市電おも焼いた。また多くのキリスト教会を襲撃し、破壊し、とくにアメリカ人牧師を襲うだけでなく、米国公使館を襲い、投石した。

私は、この理不尽で、滑稽で、憎むべき熱気のなかから、その後の日本の押し込み強盗のような帝国主義が、まるまるとした赤ん坊のように誕生したと思っている。(中略)

大正期以後、熱気は、左翼と右翼に別れた。根は、一つだった。昭和前期を主導した軍人たちは、そういう教育をうけた疑似中世人たちで、おなじ軍人でも、彼らの先人である明治期の大山巌や児玉源太郎たちからみれば、似もつかぬ古怪な存在になっていた。

この「日比谷焼き打ち事件」こそ、明治が終わり大正デモクラシーから戦争の時代へとつながった地下水脈となる事件でした。
満州事変、五・一五事件、政党政治の崩壊、そして引き返すことの出来ない戦争の時代へ突入させた大衆ポピュリズムでした。
戦争という破滅への歴史の引き金を引いたポピュリズムは、日露戦争の戦後処理、ポーツマス条約に対して不満を煽ったこの事件から始まったのです。

歴史は継続しています。戦争という悲惨な時代は不可避ではなかった。小さな小さな芽を摘むことで避けることは出来た筈です。

衆愚となっては不幸です。「民主主義の脅威としてのポピュリズム」で書いた通り、国民の福祉や社会保障制度による、安心と安全が保証されない社会になると、ポピュリストが割拠する不安定な社会になってしまいます。まるで悪循環するかのように。
社会保障制度が整えられ、安心して暮らせる社会、希望が持てる社会に、ポピュリズムは育たないようです。
わたしたち自らが、厳しく見破る目を養わなくてはいけません。政治への監視の目を養わなくてはなりません。

今年は統一地方選、参院選が予定されています。政治への関心と厳しい監視の目をもって一票を投じて欲しいと思います。