千葉の旅

千葉には度々旅行する。冬の北海道は寒く雪に閉ざされるので、避寒地として千葉に行くことが多い。又Bird Watchingを兼ねて行きます。ミユビシギを見るのに絶好な季節が1月中旬なのです。

今年も1月中旬に千葉にAir & Driveで3泊4日で行ってきました。
初日は佐原さわら(香取市)へ行った。江戸時代、佐原は酒・味噌・醤油・ごま油などの商で繁盛したらしい。今も小野川沿いの古い商家群があり散策、舟めぐり、伊能忠敬記念館など見どころがあります。

伊能忠敬の生家前の小野川。夕刻、いい雰囲気に包まれます。

そしてチョット風変わりなホテルに泊まった。佐原商家町ホテルNIPPONIAは、佐原の商家街をひとつのホテルと見立てた”分散型ホテル”だそうで、商家1軒を1部屋として貸切りで泊まります。

古い商家の蔵を改造したホテルNIPONIAで、客室は1軒1部屋となっている。

真冬だったから少し寒かったが、珍しいホテルで楽しめた。夕食は、佐原名物の「うな重」を山田屋本店へ行って外食した。

翌日、道の駅「水郷さはら」に立ち寄った。小野川と利根川の合流点にあり水鳥に囲まれた。早速何枚か写真を撮って楽しんだ。

佐原から佐倉さくらへDriveして佐倉順天堂さくらじゅんてんどうに寄り道した。ここは幕末、佐藤泰然さとうたいぜんが開いた蘭方医学塾で日本医学の黎明期だった処です。

佐藤泰然が何故この地に順天堂を建てたのか?蘭癖大名として知られた佐倉藩主・堀田正睦の招聘と、家老の渡辺弥一兵衛の誘いがあったためと聞く。旧堀田邸は徒歩でも行ける距離にあった。

佐藤泰然の生き方にも書いたが、長編小説「胡蝶の夢」は、松本良順のほか、関寛斎司馬凌海(島倉伊之助)など、幕末の蘭学・医学者の群像、特に順天堂を中心とした医学者の人々を描いたものです。しばし 長編小説「胡蝶の夢」の幕末の雰囲気に包まれた。

さて、今回の目的地、国民宿舎サンライズ九十九里に向かって、夕刻着いた。

九十九里浜のど真ん中のある国民宿舎でオンシャンビューが売りものです。ここに2泊しました。

Bird Watcherにとっては、冬場この海岸でミユビシギを見るのを楽しみにしています。是非、双眼鏡を片手に見に来てほしい。

サンライズ九十九里浜からみた旭

ミユビシギの可愛らしさに惚れ込んで、とうとう毎年、この時期に九十九里浜に来ています。

北海道でも白老のヨコスト湿原の海岸で11月中旬に見られますが、秋の一時ひとときで、九十九里浜のように長期に見ることはできません。


ミユビシギのBird Watchinngを堪能した後、大多喜城へ向かった。本多忠勝ほんだ ただかつ10万石の城です。実は城に登ったのは今回初めてだった。

小さな城ですが、小さくても日本の城はなかなか良いものです。紅梅が咲く季節で千葉は温かい。北海道の寒さを忘れました。

つでに御宿おんじゅくに出て月の沙漠記念館を訪ねてみた。海岸も温かい。

♪月の沙漠をはるばると、旅の駱駝がゆきました。金♫と銀との鞍おいて~

御宿から九十九里へ帰り、翌日は九十九里から成田空港へ
そして寒い北海道千歳空港に無事帰り着きました。
3泊4日ちょうどいい避寒の旅でした。

これからも、こんなふうに長生きしようっと!

 

解散総選挙「中道」の軸となる

1月10日読売新聞の記事で高市早苗首相が衆議院解散を検討しているというスクープ記事から始まった。

年初早々政局に激震が走った。メローニ・イタリア首相訪日中のときである。

政治は国家や主義(イデオロギー)の為にあってはならない。あくまでも人間、一人ひとりの幸せのためにある。コレが中道の哲学です。創価の哲学です。池田先生もあの世でニッコリして見守っていることでしょう。

中道改革連合Centrist Reform Alliance(略称;中道)は立憲民主 公明両党が中道思想を掲げて設立したとされているが、もともとは公明党が提案した「中道」です。
そもそも「中道」は創価本来の考え方です。中道って何?なんて聞く学会員は何処にもいません。中道って仏法用語じゃなかったけ?って思っています。

1月18日全国地区部長会が開催された。

同報で全国地区部長会が開催されたのは今回が初めてです。ここで原田会長はこのように指導されました。

中道主義について、先生は小説『新・人間革命』第11巻「常勝」の章にも記しておられます。ここで描かれている1966年当時は、ベトナムで戦火が続いていた最中でした。先生は、こう論じています。
「中道主義を根底にした政治、すなわち中道政治は、対峙する二つの勢力の中間や、両極端の真ん中をいくという意味ではありません。あるいは、両方から、そのよいところをとって、自己の生き方とするような折衷主義でもありません。色心不二の仏法の生命哲学に立脚した、人間の尊厳を守り、平和と幸福を実現しゆく政治ということであります。」

これこそが真の中道主義であると明確に示してくださいました。われわれが公明党のために頑張って来たのは、民衆の一人ひとりの幸福のためです。原点に帰って中道こそが政治の目的だった。

衆院の解散と総選挙に当たって、公明党(衆院)は全員離党し、中道改革連盟に入って、比例区で闘うことが決定しました。
即ち、只今から総選挙(2/8)を目指して支援活動に入ります。

今回の「中道」勢力の結集によって、世紀の大変革を呼び起こすことになることを期待しています。
いまふたたびの陣列に~
広宣流布を目指して、新たな支援活動に邁進したいと思います。

23日の国会冒頭解散、2月8日総選挙で、中道改革連合の大勝利をを祈って、さあ出発です。

 

群れるカモメとスズガモ

北海道にもカモメやスズガモが居ます。さして珍しくもありませんが、冬の北海道は生半可な寒さではありません。なのに平然と強風の海風邪の中に立ち向かっている姿を見るといじらしい。

鵡川河口すなわち、鵡川旧川野鳥観察場でカモメの群れを見た。

少しばかり写真を撮ってみたが、寒くて我慢できず、すぐに帰った。

更に、勇払マリーナの湾内に冬の強風を避けて漂っているスズガモを見た。

風雪が激しくなって、写真を何枚か撮ったが、これも寒くて我慢できず、すぐに帰った。

東京の葛西臨海公園でのスズガモは有名だ。 2018年10月18日付で、都立葛西海浜公園の干潟がラムサール条約湿地登録簿に掲載されたと聞きました。

スズガモを見ると東京でバードウォチングをしていた頃を思い出す。もう8年前のことです。未だに探鳥(バードウォチング)が好きで趣味になってるんです。

 

 

最後の将軍・峠・敗者の美学

司馬遼太郎の「最後の将軍」と「とうげ」を読んだ。以前「 高貴なる敗北者」を投稿した。その敗北者の系譜とでも言えるものです。

「最後の将軍」の主人公は第15代将軍の将軍”徳川慶喜よしのぶ”である。「峠」の主人公は越後・長岡藩の”河井継之助つぎのすけ”である。いずれも、幕末期に「敗者の美学」を体現した者で、分かっていながらも、やむを得ず敗者の道を選んだ者たちである。

司馬遼太郎は「最後の将軍」の”あとがき”にこんなことを書いている。

慶喜よしのぶが将軍であった時期はわずか二年たらずでしかなかった。
(中略)当初きずかなかった。それでもなおいま、書き足らなかった悔恨かいこんがかすかに残っているのは、どうしたことであろう。(中略)徳川慶喜という私のこの対象には、素材そのものがすでに酒精度の高い、ひとを酩酊めいていさせるものをもっているがためのように思える。そうとしか思いようがない。

第15代将軍 徳川慶喜は凡庸な将軍ではなかった。優れた行動力と明晰な頭脳を持って、期待を一身に集めた人物だったが大政奉還をおこなった。鳥羽伏見の戦いの敗戦を尻目に江戸に一人逃げ帰った。その後は「恭順きょうじゅん」を貫きとおした。幕末という時代の敗者である。

また「峠」の”あとがき”についても触れておきたい。

人はどう行動すれば美しいか、ということを考えるのが江戸の武士道倫理であろう。
人はどう行動すれば公益のためになるかということを考えるのが江戸期の儒教である。この二つが、幕末人を作り出している。

長岡藩の河井継之助も非凡なほど、英明な頭脳と行動力を持った人物で、越後の長岡藩の家老として活躍した。

大政奉還の後、戊辰ぼしん戦争が北越へ転進するなか小千谷おじや談判に及んだが、余儀なく北越戦争に及び、敗退して亡くなった。

敗者の美学とは、幕末期の武士の美学だったのかも知れない。

歴史小説を読んでいると、歴史となった固定事実でありながら、いまその時空に身をおいたような錯覚におちいる。経験をしたことがないような体験を、我が身に降って起こったような気がする。

幕末、尊王攘夷そんのうじょういを口にせぬ者は武士ではない様な雰囲気にあり、尊王が征夷大将軍を破り、攘夷がもとで開国に迫まられた。世のインテリ即ち武士がこぞって熱に浮かされ、世情は沸騰した。

日本は一つ方向に世情が沸騰することが度々ある。戦前の八紘一宇や大東亜共栄圏を信じ、世論を沸騰させたこともあった。
戦後生まれの者でも70年代の学生運動にはまった。これも世情沸騰の一つだ。今の日本でも外界と隔絶された島国の一面を持つ。

話が横道にそれ始めてしまった。もどす、幕末という抗しがたいエネルギーの渦中にあって、先の英傑たちは敗者となるのを敢えて選んだ。英雄は「敗者の美徳」を持つとでも言うように。

小説の読者としては、時空を超えて旅しているようで、こんな面白いものはない。敗者の美学だと云うのは読者だからだ。読者は傍観者として面白がって読めばいい。もしタイムスリップしたらどうであろう?幕末の世情に巻き込まれたら命がけで生きたかもしれない。読者は気楽なものである。面白がっていればいい。

しばし、歴史小説にうつつを抜かしてみたい。

 

2026年謹賀新年

新年、あけましておめでとうございます。

北海道で4回目のお正月を迎え、雪景色にもすっかり慣れ地元・恵庭や札幌などの土地勘もついてきました。

今年は、気に入った本をたくさん読もうと思っています。体力が落ちても、読書ならできます。

同年輩の方の訃報が入るようになりました。人生は長いようで、あっという間に終わります。体をいたわりながら健康長寿を第一に暮らして参ります。

そして、今年も平和で、平穏な一年になりますように。