坐骨神経痛

「なにが椎間板坐骨神経痛だ!弱音を吐かずに勇気出して挑戦し平癒へいゆしてみせるぞ!普段の暮らし(歩行)に戻してみせるぞ!」と意気込んだものの、痛い痛いと言う間に6週間が経ちました。

坐骨神経痛に関する本を探してみたら、有るはあるはこんなに坐骨神経痛で悩んでる人がいるとは知らなかった。「坐骨神経痛マニュアル」なんて解説書まであった。

その解説書によれば「脊柱管狭窄症は加齢によってどんな人でも起こる可能性がある」そうです。

立っていると痛い。椅子に座ってれば痛みが軽くなり、寝ていると痛みを忘れるのは助かりました。

帯広の旅-2

発症した直後2,3日はなんとか歩ける状態だったので1泊2日で帯広旅行に行ってしまった。ところが、これが良くなかったのか、その後痛みが激しくなってしまった。腰椎椎間板狭窄症を甘く見てはいけなかった。発症したら安静療養すべきだったかも知れません。

ウォーキング用のトレッキング ステッキは杖になった

1週間って、左足の激痛で立つことも歩くこともできない状態になってしまった。
トレッキングステッキを杖にして、びっこをひきながらゆっくり歩く始末となりました。

整形外科医院へ行き処方の薬*を飲たが、痛みは激しくなるばかり、なおるどころか激痛はますますひどくなるばかり。「こりゃ一生なおらないのでは?」と悲観的になってしまうほどでした。

*整形外科医で処方の薬

    • セレコキシブ錠100mg炎症や痛みを和らげる。
    • レバミピド錠100mg胃粘膜の障害を抑制する。
    • タリージェOD錠5mg 過剰に興奮した神経を鎮め、痛みを和らげる。

2週間後、朝起きるとき一番つらく、ひどい激痛に朝トイレにって行くような状態です。1日中激痛で室内でも歩けません。椅子に座っていると激痛がやわらますが、部屋から出ることもできません。

本を読み、痛みみをほぐすため、しこりトイガーポイントをマサージしてみてもなかなか痛みが消えません。

痛みが慢性化すると、痛みが増強していくらしく、さらに高齢者は筋力が低下していくのが問題になるそうです。
とにかく痛みが無くなるのなら、何でもやります。そんな気持ちでした。

3週間過ぎたころ、左足のシビレるような痛みは相変わらずですが、慎重にゆっくり歩けば何とか歩けるようになりました。
ステッキを杖に近くのスーパーへ行ってみたら数分歩いただけでもう立っていられず、椅子に座ってダウン。しばらく休憩して休むと歩けるようになります。でも激痛で長く歩けません。

後で分かったのですが、これを間欠性跛行かんけつせいはこうというようです。
「間欠性跛行は、特定の距離を歩くと足に痛みやしびれが生じ、歩行が困難になる状態を指します。休むと症状が軽減または消失し、再び歩き始めると再び症状が現れるのが特徴」だそうです。

整形外科に行って医師に症状を訴えた。どうもガングリオンが神経を圧迫しているようだとのこと、しばらく経過観察することになった。ガングリオンは、関節や腱の近くにできる良性の腫瘤で、良性で悪性化することは無いとのこと。
経過観察しないで
痛みが取れるなら、ガングリオンでもなんでも取って治るなら、手術してほしいと思ったが、医師は経過観察するという。

4週間も過ぎた頃、なんとか痛みが和らぎ始め希望が出てきた。間欠性跛行はまだ有りますが、歩ける時間が少し長くなり、ゆっくり歩けば、スーパーの椅子に休むようなことはなくなった。

「脊柱菅狭窄症の人は症状が軽減するために前かがみの姿勢で歩く傾向がありますが、無理にこの姿勢を矯正する必要はありません。
そのため楽に歩きたいのであれば歩行器やカート、杖を使用するといいでしょう」更に「自転車で負担が軽くなるのなら利用して構わない」そうだ。

自転車でスーパーへ行ってみた。快調である。なるほど自ら体感して見ることよく分かる。自転車に乗って痛みはない。

「脊椎管狭窄症の場合は、脊椎感の空間を確保するために少し前かがみの姿勢がいい」と「こまめに姿勢を変えストレッチなどを行うと、筋肉が緊張しにくくなり、血流も保ちやすくなる」らしい、ストレッチを教えてもらえるところはないかなー?

やってはいけないことは「背中を伸ばしたり体幹を回旋する、高い場所へ手を伸ばす、重いものを持ち上げるような動作は坐骨神経痛の症状を悪化させる」そうで、これは気をつけている。

5週間が過ぎた頃、スーパーでの買い物ばかりか、ちょっと出かけてみても休憩を取らずに歩けるようになった。少し痛みとシビレは感じるが、何処か出かけて見たいと思うほど回復してきた。

PMFピクニック・コンサート

一度、行ってみたかったPMFのピクニック・コンサートへ友達の肩を借りて行くことができた。

痛みでびっこをひき杖をついて、友達にいたわられて参加した。こんなPMFコンサートは一生の思い出になった。友情に坐骨神経痛の痛みも和らぐほど嬉しかった。

6週間目、これで治療が終わるかもしれないと期待して整形外科に出かけた。だが、なんと今回も3週間分の薬*を処方された。えー!まだ3週間も経過観察なのかとガッカリしてしまった。

AIのCopilotに聞いてみたら、以下の通り今後の方針を教えてくれたが、医師の目から見たらまだまだ経過観察が必要な状態だった。残念!

🧭 今後の治療方針の考え方

症状が軽快してきている今、治療の目的は「再発予防と機能回復」にシフトしていくのが理想です。

1. 薬物療法の継続と調整

    • セレコキシブ:炎症が落ち着いてきたら、医師と相談のうえ減量または中止も検討可能です。
    • タリージェ:神経性疼痛が残っている場合は継続。副作用(眠気など)がなければ、徐々に減量していくこともあります。
    • レバミピド:胃粘膜保護のため、NSAIDs服用中は継続が望ましいですが、NSAIDs中止後は不要になることも。

2. 理学療法(リハビリ)

    • ストレッチや筋力強化:特に臀部・体幹・下肢の安定性を高める運動が有効です。
    • 神経の滑走性改善:坐骨神経の動きをスムーズにするエクササイズ(例:神経モビライゼーション)も効果的。
    • 歩行指導:間欠性跛行が改善してきた今、正しい歩行フォームの習得が再発予防に役立ちます。

3. 生活習慣の見直し

    • 長時間の同一姿勢を避ける
    • 冷え対策(特に北海道では重要ですね)
    • 適度な運動習慣(ウォーキングや軽い体操)

4. 漢方薬の併用(必要に応じて)

ではでは、更に頑張って3週間ゆっくり坐骨新鋭痛と付き合って直して参りましょう。

 

2025年PMFピクニックコンサート

今年(2025年)初めてPMFピクニックコンサートに行くことができた。北海道に来てぜひ行きたいと思ってたが、年一回のイベントに都合がつかず、これまで参加することができなかった。

実は、前夜遅く友達に野外コンサート用に椅子を貸してほしいと電話でお願いしたところ、椅子を持参して車で一緒してくれることになった。偶々たまたま予定がなかったとは言え、その好意に甘えた。

2025年PMFスケジュールでの、ピクニックコンサートは7月26日(土)に開催予定だった。

あいにく、天気予報では雨模様の曇りだった。曲目はシューマンの交響曲第3番「ライン」だった。

ドイツ・ハンブルクでは”灰色に輝く空(Himmel so schön grau)という。曇り空は快適だった。気温26℃、風もなく 野外コンサートが終わるころに小雨が降ったが、最高の野外コンサート日和びよりになった。

PMFピクニック・コンサート会場の野外ステージ

開催場所は、札幌芸術の森の野外ステージで意外に音響が良かった。時折カラスやウグイスの鳴き声が混じり、車の騒音が全くない野外ステージだった。クラシック・コンサートに向いたステージだ。

交響曲「ライン」の演奏を終えて、拍手を浴びるPMFオーケストラ

友達と一緒に、3人で楽しい一日を過ごさせてもらった。
坐骨神経痛の痛みでびっこをひいて杖をつき、友達にいたわられて参加したピクニック・コンサートだった。その友情に坐骨神経痛の痛みも和らぐほど嬉しかった。「こんな幸せ北海道だけ」

交響曲「ライン」を聞きながら、ドイツ・デュッセルドルフでのライン川の光景を思い出した。ドイツに住んでる息子夫婦や二人の孫たちは元気にしてるかな?

もう一度、元気にライン川を見ることができるだろうか?と・・・ 会場をあとにした。

 

2025年の参院選

2024年10月の衆院選に続き、今回2025年7月の参院選でも惜敗を喫した。もう「捲土重来けんどちょうらい」の言葉も虚しい。

堅実な議論を重ね、誠実に実行してきた公明党の姿勢を理解してもらえなかった「やると言ったら、やり切る」姿勢も通らなかった。

選挙区で4議席、比例代表で4議席と改選14議席から8議まで落としてしまった。

驚くことに、極右ポピュリズムの参政党が、比例代表で7議席を獲得し大躍進した。実に不気味である。
6月の東京都議選では3議席しかなかった参政党が、7月参院選では東京選挙区で68万票も取って、第2位まで躍り出てしまった。

ナチがなぜ台頭したか?それは選挙によってだったことを忘れてはならない。世界中が右傾化し排斥主義があたりまえになった。

始まりは英国のBrexitだった。それに独のAfD、仏の「国民連合」さらにオランダの自由党PVV、オーストリア自由党FPÖである。そして米国のトランプ政権そのものが極右で排斥主義なのです。

最近ではヨーロッパ各国の右派政党が集会が開かれたそうだ
「トランプ政権に続き変化を!」と訴えるまでになっている。

新型コロナが収束を待っていたかのように、右傾化し排斥主義が世界に台頭してきた。実は、日本も同調するかのように参政党が大躍進した。

もう一度、民主主義の原点に還り、平等・人権・自由・平和が、「人の幸せのためにある」政治かどうか考え直す必要がある。

2025参院選でも自公与党は過半数をとれなかった。

時代は混迷を深めて来た。決してイデオロギーのためではなく、平和で戦争をさせない、庶民のための政治に還ってもらいたい。

 

帯広の旅-2

帯広の大地は広大だ。地平線の先まで見渡す限り平原が続いている。大地はヨーロッパの田舎で目にするような豊かさがある。

帯広にて(愛国駅の辺りに広がるジャガイモ畑とその先の防風林)、

そう初夏の帯広を訪れた。空が高くどこまでも広がるように帯広の大地も広がっている。その大地を営々と耕し天まで延ばした。空ほどに大きい大地を耕した名もなき偉人たちに敬意を表したい。

音更にて

防風林は北海道の名物である。帯広ではこんな綺麗な防風林がある。よくぞこんな整然とした防風林を作ったものだ。しばし、その苦労や如何ばかりかとの思いで眺めていた。

音更町の家畜改良センター十勝牧場の中にある「白樺並木」

この白樺並木は観光になっている。白樺は北海道を象徴してる。この白樺はもう若くない。白樺はパイオニア植物だがここまで大きくなると役割を終える頃だろう。

冬に西陽を浴びて立つハルニレは絵になるのだが、初夏に訪れて残念。

豊頃町に流れる十勝川の河川敷にハルニレの大木がある。銘木ではないがs61年に豊頃町指定の文化財になった。樹齢約150年で蝦夷と呼ばれた時代から此処ここにあった。

愛国駅と幸福駅は意外に近い。帯広に鉄道が通っていたが今は無い。珍しい駅名に客が来て、今や帯広観光にひと役買っている。

帯広の先駆者依田勉三が帯広開墾を始めた所と。いま宇宙ビジネスを目指しているスペースポートが同じ場所にあるなんて、何か不思議なものを感じた。

帯広にて

空の大きさほどに広い帯広の大地は、北海道を象徴しているかのようだ。大自然を感じる帯広の旅でした。

帯広にて

こうして帯広の大地に別れを告げた。十勝と言わず帯広としたのには理由わけがある。何故か依田勉三に敬意を表したいところがあったからである。オベリベリの帯広の大地に、

 

76才、老化に挑戦

76才になって「年齢は後から付いてくる」などと元気なことを言ってましたが、ある朝 起きようとしたら腰が痛くて立てない。

腰椎第4関節の椎間板が圧迫されていた。

整形外科に行って診てもらったら腰椎椎間板症・根性坐骨神経痛と診断された。
レントゲン写真で説明を受けた。腰椎第4関節が圧迫されていて、これが原因だといわれた。老化現象である。抗生物質を処方してもらった。

老化現象には他にも思い当たることがある。奥歯の歯茎が痛むのでてもらった。
激痛ではないが、しっかり噛もうとすると痛む。歯科でも抗生物質での処方を受けた。

椎間板坐骨神経痛も歯茎の痛みにも抗生物質を処方してもらい、最近の抗生物質(薬)は良くなった。お陰で痛みはやわらいできた。

痛みを感じて初めて人は体の衰え、老化を知るのかもしれない。それにしても、ある日唐突とうとつに痛み(老化)がやってくるものだ。

御書に「病によりて道心はをこり候なり」(妙心尼御前御返事p.1480)とあるが、人は「痛みを感じて老化を知る」のかもしれない。
痛みを感じないと、老化が判らないのかもしれない。
そろそろ体をいたわりながら暮らすことにしようと思っている。

ここで、最近のちょっとしたエピソードを紹介したい。

ある夜、帰宅する際のこと、同じサ高住に住むお婆ちゃんがビルのゴミ集積場の前で倒れたいたのを発見した。前夜にゴミ出しをしようとして、地面につまずいて転倒したらしい。
一人で立ち上がれず、偶々たまたま通りかかった私が抱き起こした。お婆ちゃんは高齢で骨折していた。救急車で病院に運ばれた。その後、手術を受け長期入院となった。お年は98才とのことだった。高齢なので、またサ高住に戻ってこれるか心配していた。

お婆ちゃんのお孫さんから丁重なお礼の手紙をいただいた。お孫さんと言っても大人になっておられる。入院後1ヶ月経って心配だったが何もできなかった。

ところが、先日元気に退院され、サ高住の自宅に戻って来られた。まことに嬉しかった。リハビリの話などを聞いた。

手術後、退院するまでリハビリに頑張ったそうだ。毎日リハビリ目標をちょっと高めの目標を決めって頑張ったそうだ。
3ヶ月かかるところ、6週間で退院することができたそうだ。

どんな高齢になっても目標を決めて挑戦することが大事だ。そんな姿勢に感心した。実に気丈夫きじょうぶなお婆ちゃんである。

こんなエピソードを紹介したのも自分自身、気を取り直して一寸高めの目標を決めて、頑張ろうと思っている。年齢に関係ない。

なにが椎間板坐骨神経痛だ! 弱音を吐かずに勇気出して挑戦し平癒へいゆしてみせるぞ! 普段の暮らし(歩行)に戻してみせるぞ!