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ヒタキの秋

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

今年はコロナ禍で出かける機会もすっかり減ってしまいました。その上、東京では9月に入って長雨が続き、青空を見ることがありませんでした。

昨日(9/10)やっと朝から青空がのぞいたので、近くの公園へカメラを持って出かけてみると、案の定ヒタキ類が来ていました。

写真のヒタキはコサメビタキです。ミズキやエノキの枝の中をすばしっこく飛び回ってました。久々の天気をよろこんでるようです。

9月から10月初め、ヒタキ類は北から南へ移動するワタリの季節を迎えます。元気に公園の樹上を飛び回って木の実や小さな虫を捕食します。
ヒタキは英語でFlycatcherといいます。ツバメと同じように小さな虫を空中で捕食する名人なのです。

コサメビタキより少し大きいエゾビタキも木の頂上に停まっていました。

コサメビタキより一回り大きい、エゾビタキ

その他、シジュウカラ、エナガ、コゲラなど、久々に晴れた青空のもと賑やかでした。でも囀りは聞こえませんでした。
また、キビタキは来ていなかったようです。

ヒタキのワタリのわずかな季節、この時期バードウォッチャーにとっては見逃せない楽しみの一つです。

 

晩夏の季節

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

夏も終わりとなると、草木はたけって、葉は虫に食われて、艶っぽさは無くなってしまいます。でもそんな中ですが花を咲かせている草木もあるのです。

マクロレンズで撮れば、虫食いを避けて局部で何とかなります。大した写真ではありませんが最近の作品です。

RAW現像はAdobe Lightroom Classicを利用するようになりました。

しばらくRAW現像の勉強をしようと思っています。

日本は小国寡民で良いのでは?

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

実は、すばらしい日本になったと思っている。劇作家の山崎正和(故人)は「日本は小国寡民を目指せ」と言っていた。

小国寡民。
使有什伯之器而不用。 使民重死而不遠徙、雖有舟輿、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使民復結縄而用之、甘其食、美其服、安其居、楽其俗、隣国相望、鶏犬之声相聞、民至老死、不相往来。     “出展:「老子」(老子道徳経)独立第八十”

小国寡民しょうこくかみん
什伯じゅうはくの器有れども用ゐざらしむ。
民をして死を重んじんて遠くうつらざらしめば、舟輿しゅうよ有りといへども、之に乗る所無く、甲兵こうへい有りといえも、之をつらぬる所無ところなし。
民をしてなわを結びて之を用ゐ、其の食をうましとし、其の服をうつくしとし、其のきょやすんじ、其のぞくたのしましめば、隣国相望あいのぞみ、鶏犬けいけんの声相聞あいきこゆるも、たみ老死に至るまで、あい往来せざらん。

 

こんな小さな国が、経済(GDP)世界第3位であることが不思議。小国でも豊かで安全な国になることの方が大切だと思っている。日本より小さな国がヨーロッパには沢山あります。

まだ経済成長できると、成長神話を煽ったアベノミクスや、これに同調した日銀が、異次元の量的質的金融緩和、ゼロ金利政策などの政策で「借金に麻痺した日本」を作り上げてしまいました。
この先20、30年で返せる財政赤字ではありません。借金に依存した政府は何も問われず、コロナ禍で有耶無耶になってしまいました。でも未来への膨大な借金が消えたわけではありません。

人口減少は止まりません。明治初期6千万人程度だったのですから1億2千万人ははるかに過密なのです。
人口減少にはわびしさを感じますが、成熟な国を目ざすことだと考えれば、決して悪くありません。ただ東京首都圏に一極集中するのが問題です。

日本でもコロナ禍に見舞われたのは、都市の過密による弊害かも知れません。今や適度な空間的余裕がないと、健全な生活が成り立たなくなって来ています。

また日本は憲法で戦争を放棄を謳い専守防衛を国是としました。徴兵制もありません。非核三原則を貫き核(原爆)はありません。戦争を手段としない文化を育ててきました。

ジェンダー・ギャップGender Gapに、社会は敏感になっています。「男らしさ」や「女らしさ」を求めるのではなく「自分らしさ」を求める社会に成熟してきました。

女性の平等へ努力する中で、さまざまな障壁を乗り越えなくてはなりません。これからその作業をやる時がきています。従来は家庭内で完結しようとしてきた育児も、介護も、社会化してきました。

女性の権利を大切にしなければ”人間の権利” を大切にする社会を築けないことに気づきはじめたのです。育児や介護などのケアが、公的な責任を担った社会を築くために。

コロナ禍は「生命の世紀」の最初の試練となりました。新型コロナとmRNAワクチンは、人類の新しい戦いとして象徴的なものです。何より大切なものは生命いのちなのです。

あらゆる分野でパラダイム・シフトが起こっています。

米国や中国などの大国が幅を利かすような世界は終わらせなければなりません。

日本は「小国寡民」を貫く使命も資格も持っていると思います。小国寡民となっても日本は世界に対する役割を持っていることは少なくない筈です。

帝王は国家を基として天下を治め人臣は田園を領して世上を保つ、而るに他方の賊来つて其の国を侵逼し自界叛逆して其の地を掠領せば豈驚かざらんや豈騒がざらんや、国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か(出典:立正安国論 御書P31)

この精神が小国寡民の日本の精神とならんことを祈って、この投稿を終わります。

 

命と申すものは…

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出生とか入滅と言うように、命は出てきて入っていくものです。命という泉があって、渓流を下り、やがて大河となり、大海へと入っていくようなものです。仏法の専門用語ですが「是法性の起是法性の滅」と命は説明されています。

命には限りがあります。そのことを受け入れるには少し時間がかかります。それは当人も周囲で看取る者にも言えることです。

小説「いのちの停車場」の中にこんな一節がありました。

車椅子の仙川が、ホワイトボードの前に進み出た。フェルトペンを手に疾患別の死亡曲線を示し、時間の経過と進行を四つのパターンに分けて説明する。
一般的な老衰は、虚弱フレイルの状態を経て非常にゆっくりと死が進行していく。
重度の脳梗塞や脳出血など、発症の直後から数時間に死亡するのが二つ目のパターン。
三つ目に心不全のように急変と回復を繰り返しながらも徐々に状態が悪化し、最後の急変で命を落とすというパターンの疾患もある。
四つ目のパターンとして、癌がある。末期のステージ4と診断されても元気な状態が比較的長く続いて、ある時を境に週の単位で状態が悪くなるケースが多い。(いのちの停車場 p.226)

人の生まれ方は一様ですが、亡くなり方は人それぞれなのです。
いのちの停車場」は在宅での終末期医療のエピソード集です。
自分も今オフクロを在宅で介護していて、身につまされるような思いでこの小説を読みました。

小児癌に侵され、死期を間近に控えた六歳の女児(もえ)とその両親のエピソードにも心打たれました。萌の願いを叶え千里浜ちりはまへ連れて行ったときの親子の会話に、思わず涙腺がゆるんでしまった。

「パパ、ママ。萌ね……」波に足を洗われながら、萌が改まった調子で言う。
「うん?」
「萌ね、癌になっちゃってごめんね」両親は顔をゆがめた。
(いのちの停車場 p.322)

六歳の娘でさえ、介護する両親へこのような思いをもっていたのです。介護される側の気持ちは如何ばかりか?そこに寄り添ってあげることが、介護する者のあるべき姿勢なのでしょう。

主人公 咲和子さわこの父は、骨折から誤嚥ごえんによる肺炎、更には脳卒中のあと神経性疼痛「異痛症アロディニア」に襲われる。軽く触れただけでも激痛が走るようになり、壮絶な終末期を迎えることになります。
自然死か安楽死かという問題にも小説では踏み込んでいきます。

家族が延命治療を希望し、一方で患者本人がそれを望まない場合もあります。どちらの気持ちも無視するわけにはいきません。終末期の状況は刻々と変わって行きます、心も揺れ動くものです。

命を救うという治癒をめざす医療から、人生の終末期を迎えるとき、延命ではない医療の在り方を問う時代になってきました。

いのちとどう向き合うか、医療を超えたところに解決策があるのではないかと思います。それは、信ずるかどうかといった領域の役割です。みずみずしい命となって再び生れると信じられるか?

命と申すものは一身の珍宝なり、一日もこれをぶれば千万両のこがねにも過ぎたり

臨終を前にしてもなお「命と申すものは…」とく信じていたい。

 

北海道でなら元気に過ごせそう

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

7月9日、北大のポプラ並木を見に行った。懐かしくも何とも無い 。そう北大を受験したのはまだ雪の残る早春だった。こんな青々としたポプラ並木なんかなかった。

今から54年前(1967)北大を受験した。第一志望で自信があったが数学の問題で失敗した。当時は悔しかったが、今では北大を落ちたから人生は面白くなった思っている。

青函連絡船に乗ったことがある。
北大を受験したときだったと思うが、殆ど記憶に残っていない。

北海道は高校生だった頃からの憧れの地だった。そして人生の序盤で躓いた思い出の地だ。あどけない若い頃の思い出です。

後に、大学在学中に北海道上川支庁を1ヶ月かけて調査で廻ったことがある。また、就職が決まって冬のオホーツクを旅行したこともある。新婚旅行は富良野スキー場だった。大阪支店勤務の頃2ヶ月に一度北海道に出張していた。出張先が恵庭の顧客(工場)だった。

故郷でもないところが好きになり移住を決めるまでには、それなりの背景があるのです。
多くの人は仕事の都合で、家族の都合で住む場所を簡単に決めてしまう。住むところは受動的に決めない、自ら決めたいと思う。

一人で移住するのだから、つい慎重になります。いつまで自立して暮らせるか?病院に厄介になる頃にはどうするか?心配すれば切りがない。

今回の旅行では1週間よく歩いた。平均して8000歩/日を超えた。まだまだ歩ける。

帰途Ferry乗り場でみた標語が「元気です北海道」北海道でなら、元気に過ごせそうだ。

PANA2137
苫小牧→仙台フェリーの洋上にて

北海道であと5年、否あと10年元気で暮らせたら有り難いなぁ。

洋上で一人感傷的になる。船旅はロマンチックだ。