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同調圧力

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

同調圧力の正体」といった面白い本があった。政治でも、会社でも、学校でも、芸能界でさえも「ムラ社会」という閉ざされた集団組織というものがあって、日本では自然発生的に、情によって繋がれた組織が生まれるというのであります。

同書の受け売りで少しメモってみた。少し主観を交えて、その内容を以下の通り紹介します。


離脱を許さない圧力釜のような組織は窮屈で、同質情意が生まれ忖度そんたくが生まれる。コンテキスト(背景、流れ)が共有され、そして同調圧力が生まれる。それは小さな組織ほど圧力は強くなる。

閉鎖的、同質的、そして「個人の未分化」のなかで同調圧力は起きる。「個人の未分化」すなわち、個人の自由な活動や社会生活といったものが、役割や役職と分離されていないところにある。そういった組織は、今の日本にも通奏低音として流れ続けてる。

メンバーは単に組織の一員として、役割を果たせばよいという訳ではなく、組織に対する絶対的な忠誠や帰依を求められる。個人の心理は組織の中で認められることが圧倒的に重要なになる。

そのため組織に対する忠誠や献身の度合いが高い者ほど組織の中枢に位置付けられる。メンバーは「分」をわきまえ序列に従うことが要求されている。

周囲に同調し、そこには自ら進んで「空気」に従い。周囲に同調することで承認を得られようとする。
ウチの常識はソトの非常識という特異な慣行に従うことになる。

純然たる役割や役職としてではなく、非公式な人間関係や感情などによって結びついている。そのため内部序列は単なる権限の序列にとどまらず、人格的序列の様相を帯びる。
俗っぽい言い方をすれば「偉さ」の序列となる。この
「長幼の序」の文化が、組織のなかに蔓延はびこっている。

他人の活躍や成功に嫉妬することも、突き詰めれば「ゼロサム」原理、すなわち、誰かが得すればその分誰かが損をするという、ゼロサムの心理が働いている。だから和を乱さないことで認められる傾向すなわち「裏の承認」が優先され、組織の利益に貢献したことよりも重視されている。
イジメやパワハラ、仲間ハズレをする側に加わらないと自分が仲間ハズレにされる。こうして承認欲求は生まれ起こる。

団結を強めるために共通の敵を作るのも同調圧力から生まれる。国家レベルではナショナリズムであろう。共通の敵に立ち向かうために大同団結することになる。

少数意見や異論を受け入れることが成熟した社会へ移行するための課題となってきた。

日本の軍国主義はドイツと違って強力な独裁者が導いたものではなく、一面ポピュリズムとして突き上げられたものだった。(戦前のポピュリズム「日比谷焼き打ち事件」はその象徴だった)

組織主義の恐ろしさは、ファシズムや軍国主義と同じように、洗脳された人たちが無感情になり、ときには自ら進んで残虐行為に及ぶことである。

組織へ一元的に帰属するなかでは、成果より負担が重視される。「汗をかき」「自ら身を切る」ような自己負担に対し報酬が支払われている。
タテ方向の家父長型同調圧力から、ヨコ方向の大衆型同調圧力がここにある。タテの同調圧力より、ヨコの同調圧に対する保障は手薄であり、人権侵害が生じやすい。

日本には異論を受け入れるふところの深さがない。外国では世論が沸騰すると、必ずといってよいほど別の視点から一石を投ずる少数の存在がある。その結果世論が一色に染まることはまずない。

日本が戦争へ軍国主義へ突入したのは独裁者の出現によってなされたのではない。民衆の草の根的な主導によって導き出された。大衆型同調圧力の歴史を日本はたどってきた。

今回のコロナ禍での自粛警察やマスク警察もそうだし、東日本大震災の後の「不謹慎狩り」や戦時下の「ぜいたくは敵だ」「パーマはやめましょう」なども同じ類いである。
リモート会議でも序列が意識され、上役や先輩より先に退室できない。

特に日本的な組織では、人々に溶け込むこと、ひっつくことを求めるのに対し、コロナ禍の下では基本は人を分けること、離すことだった。

世間の目を心配する日本では、コロナ自粛警察を生んだ。日本人として自粛するのは当たり前であり自粛しない人は許せないという感情が自粛警察を生んだ。

自粛でなく、それがいつの間にか他粛となり白い目で見られる。日本では緊急事態宣言も「お願い」であったり、先生が生徒に「~しましょう」といった「お誘い」であったりする。

私達は過剰な同調圧力を苦々しく思いながら、いっぽうで他人に圧力をかけている。また、そのことに無自覚である。

FB、Line、InstagramなどSNSが同調圧力として、とりわけ近年いきを増した。大衆型同調圧力を増幅させた装置になっている。

これまでの日本の組織の特徴は、全会一致を原則とした意思決定方式であり、減点主義、無謬むびゅう主義(完璧主義)であった。
「裏の承認」と偏った風土、これらは安定した環境を前提にしているため、イノベーションを妨げる。そもそも前例のない新たな問題解決には適さないし、決定に時間がかかる。
(脱線するが、この点どこか幕末の江戸幕府に似たところがある)


以上、「同調圧力の正体」には同調圧力の分析に鋭いが、その対応についての言及は少ない。
同調圧力に立ち向かうことができるのは「役割と行動の切り離し」だと著者は言っています。

むかし僕らは、戦後の幼児、初等教育で協調性を学ばせられた。それが長じて同調性となり、同調圧力として我が身に返ってきているようです。

日本で協調性を重視するが、フランスで初等教育で育ったおいめいは、よくオリジナリティーを主張します。

最近になって、ダイバーシティDiversity&インクルージョンInclusion(多様性と包摂)が叫ばれるようになりました。
性別、年齢、障がい、国籍などの外面の属性や、ライフスタイル、職歴、価値観などの内面の属性にかかわらず、それぞれ個を尊重し、認め合い、良いところを活かすことを求め始めました。

ポスト・コロナの新しい時代をどう向き合うか問われています。いま組織にも個人にも、精神的なパラダイム シフトが起きようとしています。

最後に思い起こすのは人間主義であります。すなわち人間自身の幸福な生存こそが目的価値なのです。「国家」「イデオロギー」「資本」、いかなる主義や主張も、機構や制度も、組織や体制は人間に奉仕すべき存在だということです。これを忘れては新しい時代へパラダイムシフトを起こすことなど出来ないということです。

 

レスパイト旅行(第3弾)で伊豆沼へ

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レスパイトrespiteとは介護者の一時休息です。今回オフクロが入院中に東北”くりこま高原”近くの伊豆沼へ1泊2日で行ってきました。

関東にまで南下しないガン・ハクチョウ類は、東北の伊豆沼止まりで冬を越します。伊豆沼はガンの塒(ねぐら)になっていて夕刻ガンが集まってきます。ガンは編隊をなして飛び、塒入りするとき、まるで落ちるように着水します。これを落雁らくがんといいます。

薄暗い中、次から次へと落雁してきます。それも鳴きながらの落雁で最初は珍しく感じてたが、そのうち喧しくなってきました。これは来てみなきゃ分からない光景。空はガンだらけになり、そいつがヒラヒラと空から落ちてきます。

その夜ガンは鳴き通しで鳴いてました。静かに休んでないのか?

翌朝、朝5時に絶景ポイントの土堤どてへ出かけました。次第に車が集まり30台は超えたでしょうか?カメラに三脚を立て日の出を待ちます。日出(am6:30)前からガンの飛び立ちがはじまります。

これは大スペクタクルであります。来てみなきゃ分かりませんが次から次ヘとガンが頭上をガアガアと鳴きながら飛び立ってゆきます。

そしてようやく朝日がさしてきてガンの飛び立ちスペクタクルはしだいに終わりを迎えます。

気温マイナス2℃のなか2時間も撮影していたら体が冷え切ってしまいました。しかし、このスペクタクルには大満足でした。

日が上がると伊豆沼は静かになり、ハクチョウがゆっくりと湖面を泳いでいます。もうそこにはガンは一羽もいませんでした。

午後3時に新幹線で”くりこま高原駅”に着き一泊して、翌朝9時には伊豆沼を出発しました。大満足で来てよかったと帰路に就きました。

 

絵画館前のイチョウ

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たまたま絵画館前のイチョウ並木の前を通りかかった。

2021年11月19日15時 撮影

少し日は傾いていたが晴天の気持ちいい日和ひよりだった。

先生の「四季の励まし」(聖教新聞11月14日掲載)に掲載された写真を思い出しながら撮った。少し日が経ってイチョウの色づきも濃くなっていた。

先生の写真「四季の励まし」に掲載された写真

四季の励まし広布のこころざしの人は「福運の勝者」にこうあった。

「志ざし」には目に見えないが、「志ざし」の力によって、
勝利の方向へ、幸福の方向へ向けていくことができる。
 
信心の「心」に微妙な違いが、時とともに大きな境涯の差となって現れる。

絵画館前のイチョウの並木は手入れが行き届いている。ここが人々の中心、東京であることを感じてしまう。
そして、ここは創価学会の総本部あるところです。

11.18学会創立記念日のイチョウ並木を見ながら、心こそ大切なれと思い出してしました。

ただ心こそ大切なれ、いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし(四条金吾殿御返事)

今年もあと僅かになりました。広布のこころざしの人は「福運の勝者」の心で最後まで闘うことを誓って。

 

命名は幕末から明治維新に変わった

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江戸幕末期の頃「名は体を表す」と云ってた。その本当の意味は 身分・肩書を示すことから来ていた。即ち、社会的な支配と序列を決めるためのものでした。武士も百姓も町人もそれを常識として暮らし、何の疑問もいだかなかったのであります。

武士は擬似的な官名を使い、例えば播磨守はりまのかみ玄蕃頭げんばのかみ上総介かずさのすけなどと名乗っていました。
どのくらい偉いのか名前で分かるようななっていたものです。

与力や同心など下級武士や庶民は身分に相応しくない名前は遠慮したものでした。時代劇で与力の中村主水もんどなどは分不相応で、あり得ない名前だったようです。

右の百官名は代表的なもので、
こんなに沢山あったんです。

老中を務めた大名の松平右近将監うこんのしょうげんは、これが正式な名前であり、武元たけちか名乗なのりで書判(花押)と同じ扱い。正式な名前でなかったようです。

名乗なのりと名前は違っていたようなのです。

例えば、伊能忠敬は当時は伊能勘解由かげゆ(名前)と呼ばれ、忠敬という名乗なのりは誰も使っていなかったようです。

明治維新は王政復古の名のもとに、その社会秩序を揺がしました。これまで使ってきた名前まで変えてしまった。明治5年に通称と実名が統合され、改名も禁止されてました。現代の氏名となった訳であります。

名前は”世の風俗に従う”ものだそうです。江戸は幕末の頃、名前は身分を表したが、近代”氏名”は国民管理のためとなりました。

生まれたとき、親が命名した名前を一生使わなくてはならないとは何かつまらない気がします。江戸時代は結構自由に改名していたようで幼名、元服、家督相続、隠居の時々に改名してました。

親から命名された名前を、自己責任で改名しても良いんではないかと思っているのですが、これも”世の風俗に従う”ところですから仕方ないところでしょうかね?

 

名前のふりがな

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人は何にでも名前をつけたがる。地名も動植物の名前も、更には人名は勿論、世に名前がないものは無いほどであります。
特に日本人は名前をつけるのが大好きで、幼名と元服後では名前が変わり、更に隠居すると雅号を名乗る人まであった。

最近、人の名前の付け方が変わってしまった。
「名は体を表す」と云ってた昔は、漢字の意味や由来までこだわったものであります。

画数まで拘って命名していました。ところが最近では「おん」から漢字を当てるような命名になってしまった。

私の孫の名前はというと、エマ、トマ、マヤ、と言います。勿論、漢字の名前はあるのですが、フリガナだけ見ると日本人かどうか分かりません。

古来、ひらがなも当て字が崩されたものですから、日本語そのものが当て字だから、人の名前も「おん」を当てても構わないとは思うが、余りにも元意にかけ離れた当て字や、どう見ても読めない当て字はどうかと思ってしまいます。

戸籍に登記した名前にはふりがながありません。これが読み方は自由といった風潮を招いて、そんな読み方は無かろうと思うような名前まで登場してきました。

戸籍によみがなを登録することが検討されているようです。住民票にも運転免許証にもマイナンバーカードにも、よみがなは表記されていません。これがデジタル化に混乱を招いているという理由で法制化へ検討に入ったそうです。

いっそのことふりがなをローマ字で登録させてはどうかと思う訳です。パスポートだけローマ字で書かれているのに戸籍もローマ字でふりがな表記しても可笑しくはないと思うのであります。
ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォのV行や、ダ、ディ、ヅ、デ、ドのD行も、ワ、ウィ、ウ、ウェ、ヲのW行などローマ字で表記したほうが後々のことを考えると良いと思のだが如何でしょう。
でも頭の固い人たちが法制化を検討するだろうから、きっとふりがなをローマ字表記することは無いでしょう。

北海道のアイヌ語はおおらかで、固有名詞が殆どありません。
もともとアイヌ語には文字が無いから、命名したり記録することがなかったからでしょう。
しかし、このおおらかさが窮屈な文化を作らずにすんだのです。名前が付いていないものがあっても良いのかもしれません。

人の名前も「おん」を当て字で命名することは、おおらかさの象徴かもしれません。漢字、ひらがな、カタカナの他に英数字まで加えてみてはどうだろう?
ふりがなに英数字を加えること大いに結構などだと考えてます。