久しぶりに晴れたので、宮島沼に行ってみた。気のせいだろうか、去年よりガンの飛来が少なくなったような気がする。
北帰行のコースを変えることもあるらしいので、詳しいことはわからないが、マガンの他ハクチョウの数が増えたようにも思う。

湖面には、ガンや白鳥が浮かんでいる。のどかな光景だ。
近くの圃場でガンが餌をついばんでいた。
これから、まだ何千㌔も北帰行の旅が待っている。食べられるうちにしっかり食べておかないとシベリアには辿り着けない。
マガンたちに「今年もご苦労さまでした。」と別れを告げた。
北海道では平地でも水芭蕉が見られる。季節は4月8日ころからチラホラ見られ、15日頃に見頃を迎える。
地元では余り珍しくなく鑑賞に来る人は少ない。今年も季節になって、街なかのカリンバ自然公園に水芭蕉が咲き始めた。
そして千歳湖の湿地に咲く水芭蕉は大群落だった。湧き水に沿って咲く水芭蕉もあり見応えがあった。
去年(2024年)行った富岡水芭蕉園も湧き水の中に咲いていた。

水芭蕉(ミズバショウ)の花言葉は「美しい思い出」です。 尾瀬に咲く水芭蕉やその情景を思い出します。
でも、ここ北海道では湿地なら何処でも観られる水芭蕉です。
今年も北海道の春を告げる早春の花 水芭蕉を楽しんでいます。
初めて襟裳岬へ1泊2日で行ってきた。地元恵庭から襟裳岬へは日高地方を南下し、約200Km、自動車で4時間の遠距離です。
途中 鵡川までは水田が広がる平坦な平野ですが、日高町から丘陵地帯になり景色は一変します。
北から、日高町~新冠町~新ひだか町~浦河町~様似町~えりも町と続き、最後えりも町の南の端が襟裳岬となり、終点になります。
鉄道の日高本線は2021年4月に廃線となり、現在は苫小牧~鵡川までの30Kmだけです。
襟裳へ行くには自動車しかありません。苫小牧東ICから日高厚賀ICまで日高自動車道があり、ほとんど1車線で無料高速です。まだ延伸されるようです。(今年2025年に新冠ICまで開通の予定)
日高町に入ると牧場が目につきます。そう日高~新冠~新ひだか町~浦河は、サラブレッドの産地です。牧場はきれいに整備され、サラブレッド競走馬の牧場が点在します。
名馬ディープインパクトのような名馬ともなると、数千万円もします。競走馬は生きてる資産だから、安易に近寄って馬を脅かすことがないよう気を配る必要があるのです。牧場見学ガイドに沿って、ルールを守って見学しなければなりません。
競馬馬の牧場は日高町~新冠町~新ひだか町~浦河町へと日高サラブレッドロードが続きます。
立ち寄った道の駅 サラブレッドロード新冠は馬の塔が目印です。
塔の下にあの名馬ハイセイコーの像が飾ってありました。
ハイセイコーは新冠町高江の武田牧場で誕生した名馬です。1970.3~2000.5 父チャイナロック、母ハイユウと記されてました。

ここ新冠では他にもオグリキャップが生まれています。
先日、ノーザンホースパークを見学して以来 競馬の馬に関心持ってしまったが、ここ新冠はサラブレッド銀座です。
優駿メモリアルパーク、ホロシリ乗馬クラブ、静内場外馬券場などサラブレッド産地の中心地です。
道の駅にワインセラーがあったので、覗いてみてビックリした。なんとシャトウ・マルゴーが入っていた。だれが何十万のするこんなワインを買うんだろう? 道の駅で在庫として抱える商品ではないシャトウ・マルゴーだ。
新冠の街並みも何処か違う。駿馬が育つ新冠ってどんな処?と思った。競馬の世界を知らない者にとって、とんでもない場違いな世界を見たような気がした。
こりゃ競走馬のふるさと案内を見て少し勉強してからでないと、わからないわ!と思った。
新冠の南隣は新ひだか町で競走馬のふるさと日高が続きます。新ひだか町は2006年に静内町と三石町が合併して誕生しました。

静内は桜並木で有名です。桜の時期は4月下旬ですから桜の時期でなかったので立ち寄らなかったが、桜の時期は大変な渋滞になるようです。
観光ツアーで行くしかないようですが、いつかは見てみたい。
さて三石の道の駅みついしに立ち寄ってみた。きれいなバンガローやみついし昆布温泉蔵三があった。夏に大勢でバーベキューをやったり温泉はいったりして、バンガローに泊まるのもいいかも
ここまで来ると昆布を干している光景を見ることができた。日高昆布である。
水揚げした昆布は、この様に「干場」に並べられ天日干しされるそうです。
日高の庶民的な生活風景をここで見て何故かホッとした。新冠の道の駅で見たシャトー・マルゴーと昆布干しに落差にを感じた。日高の風景は単一じゃない。
新ひだか町の南隣は浦河町になります。ここもサラブレッドロードが続きます。
桜の時期ならサラブレッドと桜並木が楽しめそうです。
乗馬と桜かな?

シャクシャイン記念館に立ち寄りました。(当日記念館は閉店だったが)
シャクシャインの戦いは、1669年(寛文9年)にアイヌ民族が松前藩に対して蜂起した事件です。
アイヌの首長シャクシャインの呼びかけで、アイヌ2部族が団結して松前藩と戦った歴史であります。
英傑シャクシャインは “和睦の酒宴”の席で殺害されてしまった。
この丘から眼下に浦河の街が見下ろせます。和人を見下ろすように
浦河の次は様似町です。むかしの様似に興味がそそり「様似郷土館」に立ち寄った。江戸時代の様似を知ることができた。

江戸時代、様似は東廻海運である松前~厚岸の中間点だった。”動く商社”北前船の寄港地だった。豪商高田屋嘉兵衛と幕臣近藤重蔵は様似で落ち合い国後択捉の調査へ出かけたと伝えられている。

昔、エンルム岬の存在が、様似を日高沿岸の良港にさせた。
急勾配の坂を自動車で登りエンルム岬の中腹まで行った。
エンルム岬の中腹に「火星より遠いアポイのかんらん岩」と書かれたかんらん岩の宣伝があった。アポイ岳まではまだ先が遠いのにと驚いた。
以前から行ってみたかった「アポイ岳」である。

先ずは勉強のため、アポイジオパークへ車を走らせた。
ジオパークで「かんらん岩が腐って蛇紋岩になった」との解説があった。
これは受ける表現だ。ここのジオパークは勉強になった。

肝心のアポイ岳は、アポイ山荘から眺めることができた。
アポイ山荘に泊まって、アポイ岳810mに登ってみたいと思うが、体力的にかなわぬ夢と諦めた。
最後に 森進一の歌で有名になった襟裳岬をめざした。襟裳岬の先端にある「風の館」から岬の先端が見える。
岬の先端は岩礁が続いている。むかし北前船は座礁しないように岩礁が連なる相当先まで、岬を迂回したそうです。海も厳しい。
襟裳岬の風雪も厳しい。気候も厳しい。先端はすべてが厳しい。
歌にある通り「♪襟裳の春は 何もない春です~」でした。

北海道の早春は雪解けの季節、まだ寒いが道の雪は溶けていた。千歳から支笏湖を抜け、美笛、きのこ王国で昼食をり、
早春の美笛峠を越えて、道の駅壮瞥へでた。
初めて間近に有珠山を見て、初めて昭和新山の麓まで足を伸ばしました。(初めての旅は楽しい!)
初めて洞爺湖温泉街を抜け、Windor Hotel TOYAに立ち寄った。
ここWindsorHotel TOYAは2008年7月7~9日、洞爺湖サミットが行われた場所です。洞爺に聳える孤高の高級ホテルです。
北に羊蹄山を望み、東に洞爺湖、西に噴火湾を見下ろす海抜620 m余りの高台に聳えています。
洞爺湖サミットは、首相 福田康夫が議長となり開催されました。当時G8でロシアのプーチンも参加していました。まだウクライナ戦争が起こる前のことでした。(2014年にロシアがクリミアを併合したことを受け、G7からロシアが排除されました。)

さて、今回の小旅行の目的地は、伊達温泉で、小さな庶民的な湯に浸かってきました。
いいお湯でした。
気がついたら午後5時半を回っていた。急いで高速道路で帰ってきた。
誕生日を迎え76才になった。老いてますます元気になっいてる。
ローマ字で76は「LXXVI」(50+10+10)才+(5+1)才
ドイツ語では Sechs und siebzig alt 6才+70才
フランス語では Soixante seize ans 60才+16才
日本語で数え㐂寿になった。ややこしい歳になってきたものだ。
若ければ骨折して1ヶ月ほど入院しても、骨がくっつけば歩けるようになる。ところが70代後半ともなるとそうはいかない。
骨折して入院し、本も新聞も読まず1カ月も天井ばかり眺めて寝ていると理解力が急速に低下して、ボケたようになってしまうこともめずらしくないそうだ。
退院したものの筋肉が衰えて、その後まったく歩けなくなってしまうということもよくあるそうです。
加齢とともに体も頭も機能低下してきます。でも、そのスピードは遅らせることができるようです。
76才、ここが老後の分かれ道で、認知症が進んで会話もままならない人がいる一方、これまで通り仕事を続けノーベル賞をもらって素晴らしいスピーチができる人もいる。
何が言いたいか?「年齢は後から付いてくる」ということです。
人に頼られることもなくなって、責任を負うようなことも無くなったからこそできることがある。
今日も天気が良ければ、探鳥散策に出かけたり、写真撮りに出かけたり、近場までeバイクで出かけたりできます。
さぁ!体をいたわりながら、生きとし生けるまで 元気でいよう。
ここまで書いたら、AIのCopilotがこのように評してくれました。
76歳、あるいは喜寿という節目を迎えることは、一方で歳を重ねる複雑さを実感することもあり、もう一方では新たな自由を楽しむスタートでもあるように感じました。
確かに加齢による変化を避けることはできませんが、貴方が述べられた通り、そのスピードを遅らせ、明るく前向きな日々を送ることができるのはとても心強い考え方ですね。そして、「年齢は後から付いてくる」という言葉には、何か哲学的で力強い意味が込められているようです。
探鳥散策、写真撮影、eバイクでの近場巡り。これらの日々の行動はただ楽しいだけでなく、身体と心にとって最高のリフレッシュ方法ですね。歳を重ねるごとに自由が広がり、責任を軽減したからこそ見えてくる新しい景色や人生の一コマをしっかり楽しまれているようにお見受けしました。
どうぞこれからも健康で、そして新しいことに挑戦しながら、美しい日常を楽しんでください。何かインスピレーションを得たいことがあれば、お手伝いできると嬉しいです。
ということで、これからも人生を楽しんでまいりましょう。次はめざせ仐寿80才です。
