Democracy

Democracy

大正デモクラシーから戦争への道

以前書いた大正デモクラシーへの道程で「何故、どのようにして、大正デモクラシーから戦争の時代へと進んでしまったのか?これは次回のテーマにしたい」と書きました。そのテーマの一つとして、今回フォースエステート( the fourth estate)、即ちジャーナリズムの罪過を問うてみたいと思います。
Democracy

さらば!サラリーマンの時代

祖父もサラリーマン(銀行員)でした。父もサラリーマン(教員)でした。そして、ボク自身もサラリーマン(会社員)でした。親子三代、半ば一世紀に亘って「サラリーマン」でありました。
Democracy

終戦記念日に、終戦当時を想う

日本では、敗戦ではなく終戦と言います。庶民にとって戦争は勝敗ではなく、いつ終結するのかが重要だったのです。当時はどんな時代だったのか?今では思いもつかないことばかりです。
Capitalism

「閉じた地域帝国」は先の先

「資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書) 」の著者 水野和夫は、その後「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 (集英社新書)」のなかで、この先「国民国家」では乗り越えられない。ボスト近代に生き残るのは「閉じた地域帝国」だと主張しています。
Democracy

戦争と平和的生存権

米軍駐留が合憲かを問うたのが砂川事件で、自衛隊が合憲を問うはずだったのが恵庭事件です。恵庭事件は自衛隊の通信線を切断した野崎牧場の兄弟が、自衛隊から訴えられた裁判です。そしてこの裁判は、自衛隊のそのものが合憲なのかどうかを問う裁判に性格が変わってゆきます。何と400名を超す弁護団が結成され、自衛隊が合憲かどうか争われるはずだったのですが、しかしその判決は、自衛隊の合憲性には触れず「無罪」となってし...