豊臣の時代

最近、大河ドラマ「豊臣兄弟!」を面白がって見ている。

この時代についてはあまり良く知らない。そこで司馬遼太郎の小説「風神の門」「豊臣家の人々」を読んでみた。

 

「風神の門」は霧隠才蔵、猿飛佐助など架空の忍者が登場し、時代は豊臣家が滅ぶ大阪の陣の頃、真田幸村に組し、徳川家康の暗殺を企てる忍者が主人公の小説です。

徳川家康や真田幸村の時代を舞台に、人知れず忍者として活躍する霧隠才蔵、猿飛佐助も全く架空ですが、まことしやかに事実であったような歴史小説として書いている。それだけでも面白い。

小説は洛北らくほく八瀬やせの里に始まり、八瀬の里で終わる。女が出てきて危うい事態にうなど、この小説を書いた司馬遼太郎の大胆な発想で筆が走る。小説として面白いが、歴史小説とは言えない。

さて、もう一つ「豊臣家の人々」を読んだ。こちらの方は、事実はかくあらんと辿たどって、小説風に描いている。

人ったらしの秀吉は出てこないが豊臣家の親戚縁者を主人公に描いている。

豊臣家の人々「人物関係図」

太字の人物が、この小説の対象で、全編9話からなる。

  1. 殺生関白(豊臣秀次
  2. 金吾中納言(小早川秀秋
  3. 宇喜多秀家
  4. 北の政所(寧々)
  5. 大和大納言(豊臣秀長
  6. 駿河午前(旭姫
  7. 結城秀康(秀吉の養子)
  8. 八条宮(八条宮智仁親王
  9. 淀殿・その子(お茶々)

司馬遼太郎の言葉を借りよう。

豊臣氏は、にわかに出現した。かつて地上にあらわれたどの政権よりも豪華で壮大なこの政権は、ほんの十日あまりでーーーつまり天正十年六月二日の信長の横死、同十三日の光秀の敗死ーーという信じられぬほどのみじかい時間のあいだに、忽然と地上に現れた。貴族になるためのどういう準備もできないうちに、この一族はあわただしく貴族にならねばならなかった。
これが、さまざまなひずみを生んだ。その血族、姻族、そして養子たちは、このにわかな境涯の変化のなかで、愚鈍なものは愚鈍なりに利口なものは利口なりに安息がなく、平穏ではいられず、あぶられる者のように狂躁し。ときには圧しつぶされた。

そんな豊臣家の人々、その一族を一人ひとり挙げて、秀吉本人を描いた。司馬らしい表現と人物観は実に面白かった。

「豊臣秀吉は人たらしの名人だった」と言われているが、司馬は「人たらし」という字を充てている。心が揺れ動き、ほしいままにされるといった意味で「だます」ではなく「とろかす」を使っている。

秀吉という日本史に珍しい運命の人は、戦国は下剋上の時代に、突如でてきた。秀吉の人たらしはケタ外れだと思う。でも藤吉郎は下戸であった。シラフでひとたらしだった。

 

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