北海道に住んで3年

いま、3年前のことを思い返している。母が亡くなったのが5月。葬儀、四十九日も終わり、埋葬も済んだのが6月末のこと。

恵庭に住むつもりで住居探しに廻り、今住んでいる所と契約したのが8月末。9月初めニューカレドニア旅行を終え、帰国してすぐに引っ越し荷物を出して、9月15日北海道に到着しました。

奇しくも9月15日は敬老の日。入居先が「サービス付高齢者住宅」でした。まだコロナ禍にあり、実にあわただしい日々でした。

翌日、サ高住の部屋で荷解にほどきをして一段落し、さぁ北海道の新生活を楽しみに、期待を抱いて北海道生活を始めたときでした。

故郷を捨て一大決心をして北海道へ移住したのは昔話。今では、転学・転職・転勤・転居は当たり前。北海道へ”移住”する悲壮感は全く無かったけれど、今回の”転居”で生活は大きく変わりました。
それは、この北海道という広大無辺な自然環境のせいでしょう。

北海道の方言

北海道には方言がないと思ってた。しかし3年も暮らしてると、道民でも気づかない方言があるのに気がついた。

例えば、イントネーションは最初に来なくて次に来るのです。だから何でも平坦に聞こえてしまう。ちょっと関西風に屯田とんでんと言うと、道民に笑われてしまいます。
丁寧に話すときは必ず過去形になります。レストランで注文を確認するとき「以上でよろしいでしょうか?」ではなく「よろしかったでしょうか?」になり、気にすれば気になる表現です。
さらに気になる表現は「鍵持ったよね?」が「もったかい?」になります。これ命令口調のようで気になります。馴れるのに時間がかかりました。他にも北海道ならではの表現があります。

  • バクル(交換する)
  • ジョッピンカル(鍵かける)
  • サビオ(絆創膏)
  • アオタン(青あざ)
  • 手袋をはく(はめる)
  • ナンモ(何でもない)
  • イズイ(違和感がある)
  • ゴミナゲル(ゴミ捨てる)
  • コワイ(疲れた)
  • カッチャク(引っ掻く)
  • 雪トバス(除雪)
  • ハッチャキコク(駄々をこねる)
  • チョッスル(からかう)

イインデナイカイ(いいよね)は女子カーリングで有名になった北海道弁です。
そしてナマラ(本当にすごい)は大泉洋さんが流行らせた?道民はあまり使いません。

道民は方言をっているようです。自慢して方言を作ってるなんて北海道だけかもしれません。

大阪だって福岡だってひどく方言がありますが、新らしく作って、自慢したりはしません。

観光の北海道

道内の観光スポットは「温泉」です。全域に大小たくさんあり、よく回りました。また岬巡りは道内旅行の目標となり、よく回りました。ここ3年で主だった岬はだいたい回ったでしょうか。

  • 北海道の納沙布岬
  • 襟裳岬や様似エンルム岬
  • 宗谷岬とノシャップ岬
  • 道南の白神岬
  • 積丹半島カムイ岬
  • 礼文島スコトン岬

北海道の端から端まで回る目標があった訳では有りませんが、われながらよく旅をしたものだと思います。

3年も経つと観光ではなく人生の一部になります。北海道の大地に魅せられて、まだまだ回ります。

北海道には空路で新千歳空港(CTS)から人が入って来ます。だからCTSは東京にいるような感覚になります。夏も冬も年中混んでいてにぎやかです。

札幌も賑やかです。夏は大通りビヤガーデン。冬は大通りで雪まつり。その他、春のライラックまつり、秋のオータムフェストなど、年がら年中おまつりをしています。

おまつりは札幌だけではありません。いなかの地元でもおまつり大好きで北海道中どこかで、おまつりをしています。氷も雪も花も月も何でもおまつりの題材になります。

おまつりが無ければ運動会がおまつりになります。みんな弁当とビール、中にはジンギスカンで一杯やりながら楽しんでいます。

若い北海道

気象情報でも「記憶にある明治以降のデータでは…」という表現になる北海道です。明治開拓史から始まった若い北海道なのです。

北海道の何処にでも見られる白樺は、若さと清々しさの象徴です。そして歴史を大地を拓いてきた北海道の象徴のようです。
パイオニア・プラントで、後に続く樹木を守る役割をしてます。

のちに残す広大な大地や耕地、のちに残す原生林や湿地の大自然、そして音楽も文化も、のちに続く歴史を残すために今があります。

北海道そのものが未来をつくるパイオニアだと感じています。
北海道には若さを感じる要素があるように感じています。

年はわこうなり

「年はわこうなり、福はかさなり候べし」とは御書の一説です。まだまだ若い気持ちでいたら、突然に坐骨神経痛の病に犯されて自らの老化を知りました。もう父が亡くなった年を超えました。

明治35年(1902年)、関寛斎は齢72歳にして徳島藩典医の職を辞して、北海道の陸別町に入植しました。その関寛斎の詩にこうありました。(これは金婚式のとき陸別入職前の71才のときの書)

人生百歳ヲ期ス
七十是レ中途ナリ
老健シバラク怪シムヲヤメヨ
天真我ガ躯ヲ保ツ

ネオ道民となって、さぁこれからであります。今日は転居3年目の「敬老の日」です。自ら祝い、自分を大切にしてまいります。