大正デモクラシー

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伊予松山の水野広徳

とてもおもしろい時代があった。明治末期からの司馬遼太郎の『坂の上の雲』の頃、場所は伊予(愛媛)松山が舞台だった。明治維新は下級武士にとって過酷だった。その家族は路頭に迷った。また、その子息は実に可愛そうな運命を余儀なくされた。『坂の上の雲』に出てくる秋山兄弟も正岡子規も同時代の人間だったし、あまり世に知られていないが水野広徳(1875年生まれ)、櫻井忠温も同時代、伊予松山の出身であります。日清戦争...
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戦前のポピュリズム「日比谷焼き打ち事件」

以前、大正デモクラシーから戦争への道で書いた通り、日本で最初のポピュリズムは、1905年(M.38)の日比谷焼き討ち事件に始まりました。
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満州事変、戦争の時代へ

歴史の考察は将来の教訓と示唆を与えます。歴史を読み解き歴史に学ぶ必要があると考え、大正デモクラシーから昭和初期を振り返ってきました。
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大正デモクラシーから戦争への道

以前書いた大正デモクラシーへの道程で「何故、どのようにして、大正デモクラシーから戦争の時代へと進んでしまったのか?これは次回のテーマにしたい」と書きました。そのテーマの一つとして、今回フォースエステート( the fourth estate)、即ちジャーナリズムの罪過を問うてみたいと思います。
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大正デモクラシーから戦争の時代へ

大正デモクラシーは政党政治の時代でした。その時代を画期かっきした満州事変を紐解いてみたいと思います。なぜかそこに戦争の時代への緒いとぐちがあるかも知れないからです。