1枚のセピア色の写真

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

信心の起点とでも言おうか、最初に信心を揺り動かした人がいます。佐藤由美子(叔母)こと由美子姉さん。

セピア色の写真が1枚だけありました。当時多治見に住んでいて高1だった頃の写真です。この4年後1968年(S43)大学に入り、上京。由美子姉さんには東京で、随分お世話になりました。

左が由美子姉さん、中央はモリパパ(15才)、右下はヨイヨ(2才) 1964年夏

「大学に入ったんだから、リーダーになりなさい」と言われたことを覚えています。当時、自分がリーダーとなる期待をかけられるなんて想像もつきませんでした。以降、これが信心の起点となって「信心だけは真面目に」貫いて来たと言うわけです。

学生の頃、バスに乗るお金もなくなって、世田谷の下宿から目黒白銀台の座談会場まで約10kmも歩いたことがあったっけ。

帰りに、由美子姉さんに、豚かつをご馳走になりました。今もある目黒の”とんき” でした。この豚かつの味が、今も忘れられません。

帰りの電車賃までもらって帰宅しました。些細なことが一生を左右し、些細な言葉が、人の一生を決めることがあります。

それから9年後、由美子姉さんは、持病の膠原病で1977年(S52)7月25日他界。モリパパ28才のときでした。(40年前のこと)

人生に大切な記念日があります。たった1枚のセピア色の写真が数々の思出をよみがえらせます。今日はその祥月命日です合掌。

 

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