今や人生100年。人生80年と言われた頃が懐かしい。長い老後を過ごす時代になりました。長い老後ゆえに病気も障害もでてきます。
まだ若い気持ちでいたら、突然に坐骨神経痛の病に犯され自ら老化を知った。これも長い老後ゆえです。気づけばもう父が亡くなった年を超えていた。
老人となった関寛斎が詠んだ詩がある。
人生百歳ヲ期ス
七十是レ中途ナリ
老健シバラク怪シムヲヤメヨ
天真我ガ躯ヲ保ツ
これは彼が金婚式を迎えた頃で、まだ妻は亡くなっていなかった。意気軒昂、北海道移住する直前の72歳の詩だった。
年を取ったと感じるようになったら、意地を張るのを止めることだ。体力相応に暮らすべきだと思っている。それに人の寿命は分からない。
早く亡くなる者もいれば、百歳を超える者もいる。長寿にこしたことはないが、長生きすること自体が意味あることでも価値あることでもない。
人生の意味を考えないで過ごすこともできる。しかし考えずに過ごすことは、楽しみ方を知らないようなものだろう。
人の命ありと見るほども、下より消ゆること雪のごとくなるうちに、営み待つこと甚だ多し。(第百六十六段)
とは吉田兼好の徒然草の一節である。
「人は万をさしおきて、ひたふるに徳をつくべきなり。」と言ったところか?
気のおけない妹の家で過ごしたり、息子の家に立ち寄ったりした。1週間の旅行ながら気楽で穏やかな旅だった。
北海道からは何処へ行くのも空の旅になる。移動時間は短く、Grade Upすれば快適な旅になる。
この5月旅行は忙しかった。でも特段なことは何もなかった。とても平穏な旅行だったし、風邪引いてしまったが心豊かだった。
序曲『静かな海と楽しい航海』(Meeresstille und glückliche Fahrt)作品27の有名な曲を思い出すようなゆっくりした旅行でした。


