八鶴湖でお花見

千葉の東金に八鶴湖はっかくこという桜の名所があります。地元の方しか知らない桜の名所でも屋台は出ています。

その昔、ヤツ地と謂う、谷はヤチ(谷地ヤチ)に通じアイヌ語で草深い湿地の意なり

へー!アイヌの言葉を千葉で見るとは思わなかった。

慶長十八年(1613)家康公 東金御殿(現東金高校)を造営されるに、その「御殿前池」として弁天島等を設け整備される
天保年間、幕末に尊王家 梁川星巌 その弟子 遠山雲如 ら詩人 学者 盛んに湖に遊ぶ 雲如その詩句の中に八鶴湖と称し天下に紹介される

とは言われっても誰も知らない。遠山雲如とおやま うんじょを調べてみると「幕府の蔵役人となり、天保9年(1838)頃に梁川星巌やながわ せいがんの玉池吟社に参加して重きをなすが、放蕩のため破産し職も辞す。
その後は南総・厚木・八王子などを転々とし、詩を教えて生計を支えた。安政4年(1857)に師の星巌のあとを追って上洛するが、翌年に星巌せいがんが没し怏々として楽しまず、淡路・飛騨・越前を遊歴したのち京都で没した」(Wiipediaより)
なんだか知らない幕末を見るようで、歴史ある場所のようです。

でも今日のところは、お花見気分で気楽に過ごすことにしました。

八鶴亭は料亭だろうか?創業明治十八年とあった。幕末から明治初期にかけての時代に一寸した名所だったのかも知れません。

今は名前も知られていない田舎のお花見場所でした。

 

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