エイジング・パラドックスを考える【長文】

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

さて、高齢者で問題となるのが「記憶」です。認知症でなくても歳を取ると記憶力が悪くなると言われます。本当でしょうか?
果たして記憶は加齢とともに衰えるのでしょうか?

誰しも、老い先が短くなり、余命あと何年?と思う時期に、自分が辿ってきた人生の良い面が強調されて「思い出」となるようなのです。

じつは記憶は不変ではなく、記憶は書き換えられ変容します。ドイツ文学者、エッセイストの池内紀は「記憶は捏造される」とまで言ってます。

となると、人生は最後の最期まで気が許せません。高齢になっても精神的発達は留まることなく、過去の記憶さえ変容させてしまうのですから。

人の記憶には、短期長期があります。

短期記憶は、ワーキングメモリとして暫く記憶するだけの、仮の記憶です。従って用済みとなると忘れてしまう便利な記憶です。

運転しながら会話できるのも、パスタを茹でる時間を気にしながら野菜を切ることができるのもワーキングメモリのおかげです。
駐車場の何処に車を止めたか忘れるのに(ワーキングメモリー)、車の運転方法は(長期、意味記憶)は忘れません。

ワーキングメモリーは老化とともに著しく低下します。一度に複数の複雑な情報処理ができなくり、さらに認知機能が低下して瞬時の判断ができなくなってきます。
それは努力不足や、やる気の無さや、老化による緩慢などが原因ではありません。老化に伴うワーキングメモリの低下です。

意味記憶は、車や自転車の運転、パソコンのブラインドタッチ、包丁の扱い方、ピアノの弾き方など、技能として憶えた記憶で、意識して思い出したり書いたりすることはできません。
この記憶は消えない記憶で、習慣と練習で更に強化・維持されます。70歳代までなだらかに増加できるそうです。

ニュースで取り上げられ問題となっている、高齢者の運転は、危険なものに咄嗟に反応できなかったり、他のことに気を取られて運転がおろそかになったりするのが原因です。いわば認知機能(速度)の低下、認知的余裕が無かったことによるものです。

一方で、高齢になっても10万時間ほど時間をかければ、一廉ひとかどの達人になることも可能で特に言語的知識は衰えないそうです。
(恥かしながら、このモリパパ・ブログは「言語的知識の自慢」活動です。)

The reminiscence bump for salient personal memories: Is a cultural life script required? より

加齢で問題となるのが、長期記憶のエピソード記憶です。
加齢によるエピソード記憶の低下は、すべての出来事に見られるのではなく比較的最近の出来事で顕著なのだそうです。
特に「自伝的記憶」は20代をピークに、10代後半から30代前半までの青春時代のできごとをよく思い出すそうです。これをレミニッセンス・バンプ(Reminiscence bump)と言うようです。

思い込みは、活性化すると言います。高齢だから記憶力が鈍り、低下するといった否定的な思い込みは、記憶力を一層低下させてしまいます。逆に、気分が盛り上がることには、よく憶えられます。「好きこそものの上手」で記憶力は、実に気分次第です。

  • あの人の名前が思い出せない
  • 何処に置いたか思い出せない
  • 置き忘れたことを思い出せない
  • 予定や約束を、し忘れる
  • 何を買いに来たか忘れる
  • 過去の出来事や発言を忘れる
  • 電気ガスの止め忘れ(不始末)
  • 物の名前を忘れてしまう
  • 漢字が思い出せない
  • 今日は何日だっけ?

記憶愁訴、年をとると忘れっぽくなることを言います

記憶愁訴の多くは日常生活を正常に過ごせなくなるほどの問題にはなりません。

し忘れ物忘れとは、一寸違います。
し忘れは展望記憶と言い、物忘れはエピソード記憶として分類されます。

し忘れ(展望記憶)は、メモ帳やアラーム機能、特にスマホなどを活用すれば代替できるもので、こんなことにくよくよしていてはいけません。若い人だって多かれ少なかれあるのですから。
最近よくし忘れするようになって、認知症の始まりかと思う必要は全く無いのです。これは認知機能の低下ではありません。

物忘れはエピソード記憶のひとつです。いつ・どこでといった、時間や場所を伴った記憶で「思い出」と呼ばれるものが、エピソード記憶なのです。
加齢によるエピソード記憶の低下は全ての出来事に見られるのでなく、比較的最近の出来事に顕著です。つまりここ5年の出来事は忘れるのに、20代30代に起きたことはよく憶えているものです。

ところが、このエピソード記憶は変容し嫌なことは思い出さず、良いことばかり記憶するようになります。
若年者はネガティブな情報に敏感ですが、高齢者はポジティブな情報に記憶成績が高くなることが知られています。

エピソード記憶は都合の良い記憶に変容され、記憶とは過去に体験したことではないのです。これが心理的な幸福感に包まれる原因になっているのかもしれません。

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