自分史としての「平成」

平成は1989年(昭和64年)1月に始まり、今年2019年(平成31年)5月に終わりました。この30年という長さは、例えば入社間もない青年が、定年を迎え退職するほどに長い期間に相当します。

先日、友人の誘いで、自分史祭りに行って来た。野口悠紀雄氏の「インターネットで自分史をつくる」特別講演を聞いてきました。

野口氏の著書「平成はなぜ失敗したのか」を読んでいるところだったので少し興味があって聞いてきました。

平成は、野口氏が49才~79才に当たります。いま現役の頃を振り返るに適した年齢なのでしょう。
「平成はなぜ失敗したのか」との表題は少し派手ですが、本を売る為ならこんなもんでしょう。
著者が辿ってきた財政・金融界での自慢話しの自分史であります。

著者自ら冒頭に「私達の世代の失敗の報告書であり、反省の書だ」と書いてある通りです。
講演で「誰も過去は良かったと思う。自分史では都合いいように改竄できる。」と言ってたから、そうした目で読んだらいいでしょう。

所詮、自慢話しになる自分史を書く気も、読む気にもなりませんが、自分の40才~70才が平成30年間だったので、つい興味を以って最後まで読んでしまった。
40才と言えば不惑。そして今よわい70才にして心の欲する所に従えども矩を踰えずといった人生終盤を迎えて振り返ること「少なからず」です。

40代、社内ではマッキンゼーMcKinsey & Company, Inc.の嵐が吹き荒れてました。空・雨・傘で説明することが強要されました。
そして新規事業を担当しました。これは失敗だと気づき3年で決別。その後は人事、大阪支店、事業部営業、関係会社へ出向、最後に福岡支店と辿り、忸怩たる気持ちで定年/退職を迎えました。

いまとなってはもう変化しない過去となったことを受容し、肯定してます。また色々なことを忘れ、関心も無くなってきました。
自分史として、過去を整理したり、振り返ったり、記録してもいかほどのことでしょうか? どうも自分史を書く気になれないもう一つの理由がそこにあります。

「平成はなぜ失敗したのか」に話を戻します。ベルリンの壁崩壊、バブル崩壊、円高ショック、IT革命、山一・長銀の破綻、不良債権処理、シリコン・バレー、リーマンショック、ユーロ危機、民主党、東日本大震災、世界経済の変貌などなど、我々団塊の世代が、現役の頃に経験したことです。振り返ることは懐かしく、分かりやすいが、過去物語であります。

ところが本書後半の「アベノミクスと異次元金融緩和は何をもたらしたか?」という第8章は過去物語ではなく、現在の足元の話題にしています。そして、この意見は正しい。

マネータリーベースを増やしてもマネーベースは増えず、デフレはビクとも動かなかった。金融政策という手段で「引く」ことはできてても「押す」ことはできません。金融政策は「手綱」となっても「ムチ」にはならないのです。

日銀の異次元の金融緩和政策は、マネタリーベースを増やしても借り入れ需要がない経済でした。マネタリーストックは増やせなかったのです。更にまた、好調にみえるアベノミクスは「あなた任せの」経済であったと断じています。

日銀バブルによる
パラダイム・シフト

日銀バブルによるパラダイム・シフト」に書いた通り、これからの経済は、どんな景色になっているのか分かりません。きっとパラダイム・シフトを想わせるようなすっかり変わってしまった景観を呈していることでしょう。

中国は、いま一国二制度として問題を抱えてはいるものの、人口規模が大きく、世界経済に与える影響は極めて大きいのです。
いまGDPでトップの経済大国である米国は、2025年に中国に抜かれます。2035年に中国は米国の2倍の経済規模になっています。
今のGAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)は、BATすなわち百度公司(Baidu,Inc.)、阿里巴巴集団(Alibaba Group)、騰訊控股有限公司(Tencent)に代わっているかも知れません。(BATはバッチファイル?ではありません)

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高度な人材も多くなるでしょう。80後バーリンホウといわれる人たちが国際社会で育ち中国を支える時代です。

さてこの国、日本は「雇用確保」から「人手確保」に移っています。14才未満65才以上の「従業人口」比率は増える一方です。
少子高齢化対策は、高齢者の雇用や女性の社会進出程度で解決できません。
移民の方針を大きく変え「人材開国」しなければ日本は失速します。経済を金融緩和や円安期待の対応をすべきではないのです。

世紀の大変革(パラダイム・シフト)に早く気付き、大胆な変革を受け入れなければ「令和もなぜ失敗したのか」と言われます。