日本の弊風

「おそろいの美学」対「ふぞろいな文化」

これがもっとも本質的なことかもしれない。日本の美学は「おそろいの美学」であり、対するヨーロッパの特にフランスの文化は「ふぞろいな文化」だと思います。

日本は、昭和8年(1933年)国際連盟脱退から、昭和20年(1945年)太平洋戦争終結までの12年間は、日本はまことに異常だった。
日本は軍国主義一色に染まり、まさに「おそろいの美学」にひたってしまった。

その頃、フランスではオロオロしていました。隣国ドイツのナチス台頭、ロシア革命借金踏み倒され、ポーランドやチェコスロバキアと同盟を模索したりしてオロオロしていたのです。

そして、第二次世界大戦に巻き込まれていきます。そして1940年ナチスのパリ侵攻、国土は戦場と化します。
フランスは名誉より「ふぞろいな文化」と象徴するように、個人主義とエスプリだけで、あっさり降伏してしまいます。

市民参加の意識がない国・日本

Civic Engagementをどう訳せばいいか、取り敢えず「政治プロセスにおける市民参加」とでも訳しましょうか?
国民の政治に対する市民参加は、OECD が提唱している幸福度 BLI の重要な指標の一つです。

このCivic Engagementで日本は最下位なのです。日本人の殆どが考えもしていないのです。
市民のCivic Engagementの意識の低さは、投票率で測れると言われていますが、日本は実に低いレベルなのです。

OECD平均が68%ですが、日本は53%とされています。これは一体なぜなのでしょう。
日本では、政治への期待レベルが低いからでしょうか。

忖度そんたくからみえる日本語文化

日本の文化は国際的に通用しない特異なものかもしれません。
ここには論理的に推し量ることができない、本質を察して心で観ることが重要だと思われています。
忖度、これは日本人でないと理解できないのかもしれません。

月に影などあろうはずがないのに「月の影」といいます。
表面的な事柄の中に、本質を見抜く高度な文化があるせいでしょうか?  否、日本文化の悪弊でしょうか?

セーリングの大会でイルカショー 非難受ける

東京オリンピックに向けた最初のテスト大会となっていたセーリングの「ワールドカップ江の島大会」で、水族館を会場に行われた開会式にイルカのショーが披露された。

なんと非常識な?イルカショーを見た海外の選手から「ショックを受けた」などと声があがりました。

国際連盟は「開会式でイルカショーが行われたことに失望している。このようなショーが行われることは容認できない」とまで、これに対し、日本連盟は「イルカの扱いについては個人や国によって考え方が違い、イルカショーを披露したことは慎重さを欠いていたと思います。不快な思いをされた方にはおわび申し上げます」と陳謝しました。何が「慎重さを欠いた」だと?まだ気づいていないようです。

 

 

国際感覚の欠如したこの国で、ほんとうにオリンピックが出来るのかしら?

 

 

 

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