昔から音楽はカネのかかる行事なのですが…

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

「クラシックCDの名盤(大作曲家篇)」のコラム 中野 たけしの「古典派からロマン派へ-そして現代」をみて、音楽とはカネのかかる行事だと思いました。特に、クラシックのおカネとヒマについて思いを致すわけです。

即ち、今も昔も音楽を発信する側にも、受信する側にもそれなりの時間とカネが必要だということです。
音楽とはカネとヒマがかかる行事です。

18世紀以前は、発信する側(音楽家)のスポンサーは、王侯貴族であり、受信する観客もカネとヒマのある王侯貴族であった時代だったんです。

ノイシュヴァンシュタイン城  Neuschwanstein
ノイシュヴァンシュタイン城
Neuschwanstein

例えば、ワーグナー(Richard Wagner)のスポンサーは、ルートビッヒⅡLudwigⅡというバイエルン国王でした。
国王のノイシュヴァンシュタイン城の宮廷劇場はワーグナーおあつらえでした。

バイロイト祝祭劇場 (Bayreuther Festspielhaus)
バイロイト祝祭劇場
(Bayreuther Festspielhaus)

有名なバイロイト祝祭劇場(Bayreuther Fest spielhaus)も
ルートビッヒⅡが、ワーグナーのスポンサーとして出資し、莫大な資産を投じて、ワーグナーの思いのママに建てられたものです。

音楽の注文主が王侯貴族であり、聞き手もまた王侯貴族であった時代、音楽の価値基準は常に新作の出来栄え(評価)でした。

カネとヒマがあった王侯貴族には、放蕩三昧な者もいましたが、教養豊かな文化人も多かったのです。“玄人はだし”の名演奏家もいたし、とにかく高い鑑識眼を身につけていました。

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ところが、パリ革命(1789年)、英国産業革命(1760年代)以降は王侯貴族社会がしだいに凋落し、クラシック音楽を受信する側(聴衆)が変わり始め、当然、音楽の価値も変わりました。

即ち、カネとヒマはがある者は、王侯貴族ではなく商工業をベースにした市民社会、民主主義(共和主義)へと移行したのです。

Berlinの私邸Mendelssohn’sche Hausは、現在ドイツ連邦参議院になっている
Berlinの私邸Mendelssohn’sche Hausは、現在ドイツ連邦参議院になっている

例えば、メンデルスゾーンは、ユダヤ系銀行家で途方もない金持ちでした。
そのBerlinの私邸のGartenhausでコンサートが開かれ、メンデルスゾーンの新曲が披露されていました。
私邸は現在のドイツ連邦参議院となってるほどで、途方もない金持ちだったことが窺われます。

19世紀以降ロマン派の時代ヘと移っていくと、市民革命とともに音楽は貴族から市民に解き放たれました。
コンサートやオペラの観客として、新たに登場した富裕な市民階級が聞き手となり、音楽や観劇を楽しんだのですが、貴族たちのような理解力や教養の持ち主では有りませんでした。
だからロマン派の作曲家に共通する特徴は「わかりやすさ」と「親しみやすさ」でした。
もう少し格好良い言い方をするなら、それまでの教条主義によって、抑圧されてきた個人の感情、即ち 「憂鬱」・「不安」・「動揺」・「苦悩」・「個人的な愛情」を解き放った表現になったのです。それは作曲家が主役になる時代でした。

20世紀以降は、作曲家の時代から、演奏家の時代へと移り進んでいくことになります。 大きな変化は、19世紀から20世紀の初頭に出現した録音というメディアです。
この録音というメディアは、クラシック音楽にとってとんでもない代物でした。聞き手は飛躍的に増えましたが、増えた分だけ聞き手の質は低下しました。聞き手の鑑賞能力が失った時代の到来です。

更に、音楽が産業となり、LPやCDで誰でもクラシックというジャンルの音楽を楽しめる時代になりました。クラシック音楽というポピュラーな音楽になりました。

新垣 隆 氏
新垣 隆 氏

最近の事件(2014年2月5日)で、新垣隆さんが、佐村河内守のゴーストライターを務めていた事件を覚えているでしょうか?
相当な作曲家でありながら、町のピアノ教室、ヴァイオリン教室の発表会の伴奏や、レッスンの伴奏をして、糊口を凌いでいた時期もあったとか。

いま、新垣 隆 氏の新作が脚光を浴びるようになりました。CD「無伴奏の世界」が明日(8/19)発表になるそうです。いいことです。
スポンサーを必要としない、音楽が産業になる時代が来たことは、いいことです。

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