大正デモクラシーから戦争の時代へ

永田鉄山はあくまで軍人であり、職業的使命は戦争に勝つことであります。従って、第一次世界大戦の戦禍を見ても戦争抑止、軍備縮小、戦争放棄、平和協調など、一顧だに至りませんでした。

むしろ、戦争が起これば、それは国家総力戦となるだろうし、第一次大戦後に創設された国際連盟をもってしても、次の世界戦争は防止できない。

ここが政党政治、即ち民主主義によって選ばれた浜口政権と全く違った立場・見解だったのです。

戦争は不可避なものであり、国家総動員、資源不足を満蒙を始め中国に求めるためには、「純正公明にして力ある軍部が、適当な方法により為政者を督励するには、現下不可欠の要事たるべし」と政治介入を当然とし、軍部主導の政治運営が必要だと考えていたのです。

現在の政党による政治は絶対に排斥するところにして、もし政党による単独内閣の組織せられむがごとき場合は、陸軍大臣に就任するものは恐らく無かるべく、結局、組閣難に陥るべし、
(浜口雄幸と永田鉄山 P.187 より)

これが軍人、軍部であります。戦争を前提に考えると、戦争に勝つために全てが優先されます。そしてその企図は秘密裏に工作されました。事実、陸軍「木曜会」などの満蒙領有の動きは、当時ほとんど外部には知らされていなかったようです。永田は、満州事変について、次のように見ていました。

現下は…多年にわたる悖理はいり非道きわまる排日侮日の行蔵きょうぞうに忍従しきたった我が国が、暴戻ぼうれいなる遼寧軍閥の挑発に余儀なく…破邪顕正はじゃけんせい利刀りとうをふるうまさにその所ではないか。
…正しい国是を標榜して生まれた満州国に善隣ぜんりんよしみをつくし、相よって東洋永遠の平和を招来せんとする行為が、東洋の盟主をもって任ずる日本の使命でなくて何であろう。

神国日本の精神文明を歩一歩他に及ぼして行くこと、それは正しく我が肇国ちょうこく以来の理想である。さらにまた、民族の生存権を確保し福利均分ふくりきんぶんの主張を貫徹するに何のはばかる所があろうぞ

こうして事態は国際連盟脱退へと進んでいきます。1932(s.3)年、国際連盟の(日本軍の)撤退勧告を、松岡洋右日本代表が、即座に脱退退場し、3月27日に正式に脱退が通告されました。

この先は語らずもがな、太平洋戦争へと突入していきます。
一旦、戦争行為が始まってしまえば誰もそれを止められません。

なぜ戦争がおきるのか?それは、軍隊があるから戦争が起きるのです。軍人がいるから戦争が起きるのです。こんな単純なことが日本の戦前の歴史から見えてきます。
戦争の理由も簡単で「国を守るため」であります。最近、安保法制の議論の中で、政府が「国民の財産と生命を守るため」といった常套句を聞くたびに、嘗ての軍部を思い出してしまいました。

戦後日本は、図らずも「戦争放棄」を謳った憲法を持つことができました。
この無形の至宝を守り抜かないといけません。

戦争に突入する前に常々戦争放棄を議論し、注意深く監視していかなくてはなりません。そうしないといつの間にか「第2の永田」の暗躍を許してしまいます。

先日(2018年4/28)、NHK ETV特集「平和に生きる権利を求めて」という番組のなかで、「平和的生存権」に関する特集がありました。
番組の中で、名古屋高裁 裁判長だった青山邦夫弁護士が次のように言っていました。

平和的生存権は学説の対立がありまして、多数説といわれる人たちは裁判所に救済を求めるような権利では無いと言っている

そうなのかなという疑問を感じて、そうでないのではないか?平和という概念が抽象的だからいかんということになりますけど、権利はそれなりに発生して発展していくものですから、最初から内容が全て明らかになるというものでは、なかなかならないので、いろんな事例の集積にあって、内容が充実してゆく面があります。

抽象的すぎるということで、みんな切り捨てていったら時代の動き、あるいはニーズに応えるような形にはできない。

平和主義と人権保障は、表裏一体になっている。その中にあるのが平和的生存権。不断に自分らで守る努力をしなければ、保持できない面があります。

それをないがしろにすれば、失われてしまうものですから、平和というのは、戦争行為が始まれば、誰も止められなくなる。ずうっとずっと前から用心して、そういう違法行為がないように、目を光らせていくことが必要なんだなと思いますね。

それは戦前の歴史がそれを証明している。

平和的生存権については、最近の憲法改正論議とともに、注目を集めるようになりました。戦争放棄を訴えるために、このような議論は重要だと思っています。

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