日独「歴史認識」の差異

このブログでの投稿「未だに戦後を引きずる戦後70年」で書いた通り、日独の戦後教育に大きな差があったのは事実でしょう。その戦後教育が、日独の戦後の歩みを大きく変えたのでしょうか?

日独日本とドイツとは同じ敗戦国であるのに、戦後の歩み方は大きく違いました。

2015年に亡くなったヴァイツゼッカー大統領(当時) の有名な演説(1985.5.8)「われわれ全員が過去を引き受けなければならない」に代表されるように、戦後ドイツでは、歴史認識について、目をそむけないことを宣言してきました。
「ホロコーストの時代があったにもかかわらず、私たちを国際社会に受け入れてくれた」との姿勢を貫いてきました。

2015年3月メルケル首相が7年ぶりに来日した際、来日公演で戦後の歴史認識について語りました。
折しも、終戦記念日を前に予定されていた安倍首相の談話が、注目浴びている中、メルケルの演説の全文を読み、メルケルからも釘を刺された恰好となったと思いました。

日本はアメリカの占領から、今も抜け出せないままです。アメリカを揶揄して「タフな児童Robust Puerile」と言いますが、日本はその覇権国家・アメリカの傘下から独立できず、あたかも忠犬ポチ日本は、アメリカ合衆国51番目の州のような戦後を送ってきました。
沖縄に至っては、日米地位ちい協定が未だにくすぶっており、今も、アメリカの占領下にあることを、否応なしに思い知らされます。

日独の戦後に、大きな違いがあると思って来ただけに、ドイツの戦後についてもう少し深く知りたいと思っていました。
「過去の過ちから目をそむけない」「ドイツの過去と対決する」姿勢は、今やドイツの精神的規範になったかのように思います。

前置きが長くなりましたが、「日本とドイツ ふたつの「戦後」」という本を読ませてもらいました。著者の 熊谷徹くまがい とおる氏は、25年以上ドイツに住むジャーナリストです。日独の戦後の違いを書くに充分な資格があります。
そういった意味からも日独の戦後の違いを知る上で、モリパパに取って絶好の書籍でした。

この本は、最近(2000年以降)の視点で、日独の違いを俯瞰しています。著者は「まえがき」にこう書いています。

ゲーテは「外国の言語を知らない者は、自国の言語を理解できない」と言った。(中略)地政学的リスクが高まりつつある21世紀の暗夜を進む上で、ドイツについて知ることは、日本について知ることにも通じる。そのことによって、日本人が過去70年間に置き去りにしてきたもの、将来の日本が重視すべき側面を浮き彫りにしたいと思い、この本を書くこととした。

この本で新しい発見がありました。これはドイツに住んでないと解らないことです。例えば…

「償いの証」(AFS)という継続的な社会運動が、50年という長期間、続けられてきたそうです。

これは知りませんでした。著者は「ドイツの過去との対決が一過性のジェスチャーではない。」と言明しています。

戦後のドイツ人たちは、かつての被害者たちから、ナチスが犯した大罪について、責任を追求され、批判されるリスク(危険)を抱え込んだ。このためドイツ人は、過去との対決によって、歴史問題がもたらすリスクを減らす努力を行ってきた。

歴史によって批判されるリスクといった考え方、即ち「歴史認識」から「歴史リスク」へと一歩進んだ考え方です。これは著者 熊谷徹の独自のものです。外交の基底部に、歴史認識があることは間違いありません。さらにそれを「歴史リスク」ととらえる感覚は、鋭いと思います。

私事わたくしごとながら、30年も昔、我が家に「アウシュビッツ収容所」の写真集がありました。妻が幼稚園から購入して来たものだった。
これが初めてのホロコーストとの出会いでした。この写真集は白黒写真ながら実にショックで、その写真集が家の中にあることさえ忌まわしかった。だから本棚の奥深く見えないところにしまい込んでました。

忌わしいホロコーストの歴史を持つドイツ、更に東西分断を経験したドイツ、だからこそ歴史認識はドイツ人に重要な意味を持ったのでしょう。日本は原爆の被害者としての意識、沖縄戦など凄惨な被害意識が先で、加害者としての意識が薄いのは確かです。

(次ページに続く)