ライシテをどう見るか?

フランスは「公立学校でのスカーフ着用を禁止する法律」を2004年9月に施行しました。フランスの精神的支柱と言われる、政教分離=ライシテ(laïcité) 即ち、国家が宗教から中立性を求めるのは簡単なものではないようです。そして今、これはムスリム(イスラム教徒)の問題になっています。

suka-fu

ライシテという概念は、もともと国家(政治)と宗教(カトリック)の分離問題から始まったようです。

ナポレオンの時代、ローマ教皇と結んだコンコルダconcordat(政教条約)によって信教の自由が認められます。実は、ライシテの問題は1800年まで遡ります。国家(政治)と宗教(カソリック)はどう向き合えば良いのか?お互いの守備範囲をどこまでとするのか?
この問題はフランス・パリ革命以降の大問題でもありました。

ローマ・カソリックを国教としながらも、信教の自由を認めた王政復古。さらに1850年初頭のヴィクトル・ユーゴを始めとする反カトリック教権運動のなかでも、知識人によってライシテが議論されました。

フランス共和国の理念はライシテというものだ。カトリック教会が個人の行動や価値観まで干渉し、人生そのものを支配しようとして、王権と結託して、人民を抑圧してきた。
これに対するフランス革命をはじめとする長年の闘いを経て、1905年に「国家と教会の分離法」を持って。「宗教は公の領分に関わってはならない」とした。これがライシテである。

日本語にはライシテに合う訳語がないので、取り敢えず「世俗主義」とか、単なる「政教分離」と訳しているが、“政治と宗教を切り離す。”といった簡単な意味ではありません。

これが徹底されたことで、フランスは宗教から自由になった。例えばLGBT(セクシュアル・マイノリティ)の人達にとっては、生きやすい社会をつくることになった。フランス人にとってはかけがえのない権利である。

フランスのこういったライシテへの考え方を前提に理解しないと、スカーフ事件が、新たな法律の制定に及んだことを、理解することはできません。
スカーフ事件の発端は、1989年秋パリ近郊のクレイユで、イスラームの女の子2人が、スカーフ着用を理由に教室から追い出されたことから始まりました。

この事件は、国務院や憲法評議会まで巻き込んだ、国家的な大問題へ発展してゆきます。最終的に当時のシラク大統領によって、スタジー委員会が創設され、公聴会、シンポジウムなどの賢人会議が招集されるなどして問題は集収し、新たに「公立学校でのスカーフ着用を禁止する法律」として制定されたのです。

ハジブ Hajib、ニカブ Niqab、ブルカ Burka、アル・アミラ Al-Amira、シャイラ Shayla (中近東湾岸国中心)、キマール Khimar、チャドル(イラン中心)など
ハジブ Hajib、ニカブ Niqab、ブルカ Burka、アル・アミラ Al-Amira、シャイラ Shayla (中近東湾岸国中心)、キマール Khimar、チャドル(イラン中心)など

実は、イスラム子女のスカーフ着用は、意外や、歴史が浅いのです。イラン革命(1971)頃に広がったイスラム原理主義がもたらしたものだと言われています。
スカーフ着用は、イスラムの「Identity」として利用され変化したものです。本来はスカーフではなくキマール(Khimar)でした。

西欧に生まれ育ったNew Age とも言うべきムスリム(イスラム教徒)が誕生し、そこにスカーフがある意味で布教活動のシンボルとなり問題視されてきた訳です。isramInEuro
今や New Ageも含めたムスリムはフランス国内で500万人とも言われ、フランスの第ニの宗教と言われるまでになっています。

ドイツでも、イギリスでもイスラム教徒は、人口の5~6%を占めるまでになってきています。そこへ昨今、シリアや北アフリカからムスリム難民が増え、問題となって来たわけです。
フランスでは極右政党”Front National(国民戦線)が躍進し、難民受け入れ反対の意見が露骨になりました。
これまで寛容だったドイツでさえも「イスラム教はドイツに馴染まない」という党綱領を決めた”AfD(ドイツのための選択肢)が12%支持率を得て躍進しました。

テロの根絶、難民や移民問題、女性の地位向上の問題、ハラール・フードの問題などなど、難民が押し寄せるヨーロッパでは大きな問題になっています。
更にブリグジット(Brexit)のような問題へも波及しました。
しかし、冷静に考えれば、これらの問題はイスラム社会、ムスリム自身が解決すべき重大な問題でもあるということです。

国立病院入口に掲示された説明文。「ここは公立病院です。ライシテ(政教分離)の中立性を守る空間です。外見や衣服が何ら宗教色を表すことのないようにお願いします」
国立病院入口に掲示された説明文。「ここは公立病院です。ライシテ(政教分離)の中立性を守る空間です。外見や衣服が何ら宗教色を表すことのないようにお願いします」とかいてある

病院でのライシテは可能かといったブログを読みました。国立病院でも右のような掲示が見られたとのことです。

ここで履き違えてはいけないのは、ライシテは、ムスリムと対峙した問題ではありません。元々はカソリックとの関係から出発した世俗主義、政教分離だったと言う事が原点だったことを忘れないで下さい。

フランスの殆どがキリスト教ですから、年間11日ある祝祭日のうち、6日はキリスト教の祭りの日だそうです。

フランス革命の後、教会は自治体の所有となり、égliseは市町村、cathédraleは国家が維持費を負担するそうです。

こういった歴史文化が強く根付いているフランスだからこそ、ライシテが問題になるのです。フランスの精神的支柱とまで言われるライシテについて、これからも議論されることでしょう。

宗教的な差異について、相互に理解し合える社会になるまでには、これから長い歴史的な時間が必要になるのかもしれません。
最後に、創価学会の考え方をご紹介しておきます。

仏法は、「随方毘尼」という考え方に立っている。仏法の本義に違わないかぎり、各地域の文化、風俗、習慣や時代の風習に随がうべきだというものである。
それは、社会、時代の違い、変化に対応することの大切さを示すだけでなく、文化などの差異を、むしろ積極的に尊重していくことを教えているといえよう。
この「随方毘尼」という視座の欠落が、原理主義、教条主義といってよい。自分たちの宗教の教えをはじめ、文化、風俗、習慣などを、ことごとく「絶対善」であるとし、多様性や変化を受け入れようとしない在り方である。それは、結局、自分たちと異なるものを、一方的に「悪」と断じて、差別、排斥していくこととなる。
「人間は宗教的信念(Conscienceコンシャス)をもってするときほど、喜び勇んで、徹底的に、悪を行うことはない」とは、フランスの哲学・数学・物理学者のパスカルの鋭い洞察である。つまり、宗教は、諸刃の剣となるという認識を忘れてはならない。
本来、宗教は、人間の幸福のために、社会の繁栄のために、世界の平和のためにこそある。宗教の復権とは、宗教がその本来の使命を果たすことであり、それには、宗教の在り方を問い続けていく作業が必要になる。
自らの不断の改革、向上があってこそ、宗教は社会改革の偉大な力となるからだ。

以上、新・人間革命 清新の章 47 より引用

いまリオ・オリンピックが開催されています。様々なルーツを持った多民族国家であるブラジル。そのオリンピック開会式で印象的な言葉だと紹介された言葉がありました。その印象的な言葉は、Celebrate Difference!

モリパパ・コメント:難しいテーマだったので、脱稿するまでに4ヶ月もかかちゃった。最後まで読んでいただき、有難うございました。


moripapaブログの関連投稿です