プロの指揮者の登竜門東京国際音楽コンクールに応援!

この記事は3年以上前の古い投稿記事です。

東京国際音楽コンクール(指揮)二次予選を見に行ってきました。

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このコンクールは民音主催で1967年からスタートして3年おきに開催しています。
今回で17回を迎え、世界の指揮者の登竜門になっています。
民音の創立が1963年ですから創立まもない4年目にこのコンクールを開始した訳です。

今回は236名の応募者から15名が二次予選に選ばれたそうです。二次予選の課題曲は次の3曲でした。

  1. 三善晃作曲;管弦楽のための協奏曲
  2. リスト作曲;交響詩「レ・プレリュード」
  3. サン・サーンス作曲;序奏とロンド・カプリチオーソ
新日本フィル交響楽団 New Japan hilharmonic
新日本フィル交響楽団 New Japan hilharmonic

難しい曲を選んだものです。
1と2は新日本フィルのオーケストラによる演奏だけですが、
3はバイオリン協奏曲で、ソリストとして成田達輝が演奏します。指揮者とソリストとの呼吸と間合いが試される訳です。

審査委員の外山雄三さんがコンクール会場で直接お聞きになって審査されておられました。こうした努力が、このコンクールを育ててきたのでしょう。
モリパパは音楽の素人ですが、「ここは膨らませて」「この音はフラットを付けて」など指揮者が細かくオーケストラに注文するのを聞き、プロの厳しい世界の一端を垣間みるような思いがしました。
素人ながら応援します。


<< 追記 2018.2.9 >>

この民音の「東京国際音楽コンクール」の生い立ちについて、聖教新聞に掲載されていた記事の一部をご紹介しておきます。

66年5月には、早くも「民音コンクール(現・東京国際音楽コンクール)」の声楽部門を実施している。
 同コンクールの指揮部門も準備が進められ、民音専任理事の秋谷青年部長は、世界的指揮者・チェリストである齋藤秀雄氏を訪ねた。
 音楽そのものについては素人かもしれない。だが創立者の構想を語る中で、音楽界に貢献したいという熱が言葉となってあふれた。
 黙って聞いていた齋藤氏。
 「分かった。やりましょう」
 審査委員長を快諾。今に続く指揮者コンクールの始まりとなった。
      ◇ ◆ ◇     
“存在そのものが日本のオーケストラ史”といわれた朝比奈隆氏。
 「(聴衆が)目を輝かせながら聴くものですから、勢い私たちも真剣に演奏をしました」と、民音の演奏会での指揮を振り返っている。
 終戦直後、戦災の爪痕が残る大阪で関西交響楽団を創設し、半世紀以上にわたって常任指揮者を歴任。後に日本指揮者協会会長を務めた。
 忘れられない思い出がある。
 戦前、日本の聴衆の層を広げたいと、50銭で聴ける演奏会を企画。食堂の定食ほどの価格である。新聞社に売り込んだが実現しなかった。
 「青春時代に描いたその夢は、今日、こうして民音の手で実現されている。うれしく思っているんですよ」
 齋藤秀雄氏の後を継ぎ、21年にわたって指揮者コンクールの審査委員長を務め、数多の俊英を世界の楽壇に送り出してきた。
 民音創立20周年の折に、朝比奈氏は、その発展の源について語った。
 「ひとえに池田先生の卓越した創立精神によるものである、と思っています。平たく言えば“音楽の花束を広くみんなの手に”といったところでしょうか。この“憲法”がある限り大丈夫」
 同じ理想を描く民音に期待し、目を細めた。
 「これからが本番です。音楽界を支える重みは数倍にも増してきますよ」

草創期のエピソードです。人々の感動の歴史が有ったのですね。

記事全文PDF:世界に魂を 心に翼を(第1回)創立の精神


「プロの指揮者の登竜門東京国際音楽コンクールに応援!」への1件のフィードバック

  1. 10月20日の聖教新聞に、コンクールの結果が掲載されていました。

    友人と噂していた通りスペインのディエゴ・エチェバリアDiego Martin EtxebarriaCCF20151020_00001さんが優勝しました。
    スケールの大きな迫力ある演奏は良かった。
    これからの活躍をお祈りします。

    CCF20151020_00000

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