所有から使用へのパラダイム・シフト

パラダイム・シフトが起きたもう一つの大きな事件は、マスコミとネット(Internet)の登場でしょう。

最初に情報化の舞台に登場したのはテレビです。テレビがなかった時代は、新聞とラジオしかなかったのです。
ラジオも一家に一台、家族揃って聞いてました。それは戦前の昭和初期のころの懐かしい時代です。いまやテレビやマスコミを通じて、情報はタダで溢れかえっています。

テレビの出現で、膨大な情報が氾濫したうえ、ニュースとワイドショー化で、情報が刷り込まれるような時代になってしまいました。

マスコミ情報の氾濫は、「意味の伝達」ではなく「意図の強制」といった見方さえあります。

反面、マスコミは視聴者の「うつし鏡」でもあります。われわれ視聴者が無意識のままに「意図の強制」を求めているのかも知れません。

そのうえネット(Internet)の登場で、メールやSNS、Webやブログが普及し、超高速化、超大容量化、超大量接続化が進み始めネット社会は、激しく変わろうとしています。
Webサイトはもちろんメール添付容量も巨大になり、FaceBookやTwitterなどSNSやブログも使いやすくなって普及しました。

例えば、ひと昔、写真はアルバムにまとめて大切にしてまいしたが、今はアルバムを作る人はいません。写真の撮り方が変わってしまいました。スマホで気軽に高画質の写真や動画撮って、ラインやメールで送ったり、クラウドに保管したりしています。
クラウド保管は、時間や場所、人の顔で簡単に検索できて便利になりました。
もう写真を焼いてアルバムを作る人はいなくなるでしょう。

ネットによるパラダイム・シフトは、またの機会にしますが、所有から使用へのパラダイム・シフトは、今おおきなうねりとなって、価値観やライフスタイル、新しい暮らし方にシフトし始めました。モノからコトへシフトし始めました。

あなたが亡くなったら何が残るでしょう?家や財産は死んだ先に持っていけませんからね。(ちょっと話が暗くなちゃった?)
持っていけるのは、自身の命に刻んだ歴史と福徳だけです。
畢竟「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」です。

目には見えないものに、大きな価値があると思う時代がやって来ると、経済そのものが変貌してしまうのではないかと思います。
里山資本主義が注目されているのもそんな理由かも知れません。

少々大げさかもしれませんが、いま我々は価値観が大変革するパラダイム・シフトの真っ只中にいるような気がしてなりません。

(終わり)

 

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