所有から使用へのパラダイム・シフト

自宅も所有する時代から、使用する時代に移り変わろうとしています。
シニア暮らし替えのダウンサイジングで紹介した通り、60歳からは「小さくする」暮らしだそうで、持ち家にこだわらない生き方の方が「気持ちはずいぶんとラク」になるようです。

住居を所有することは案外おカネがかかります。
家屋自体の価値よりも、どのように暮らすかに価値観が移っています。30~40代の子育て世代と60~70代の高齢者の暮らしは違います。暮らし方によって住居を合わせる時代になりました。

ところが自宅を手放すにも手放せない事情があると、人に貸したり、民泊にしたりしますが、それもできなければ「空き家」になってしまいます。ここ目黒にも空き家が増え問題になってます。

また住居は課税対象になります。土地や家屋は固定資産税から逃れられません。でも預金口座の現金は課税対象になりません。財産は、所有(ストック)から賃貸(フロー)にした方がラクになるのです。

ストックからフローにする動きは、他にもたくさんあります。まちなかを見回せば、コインパーキング、コインランドリーなど、ずいぶん多くなり普通になりました。
ほとんどの書籍は公立図書館で借りて読めます。DVDもレンタルで借りて観るか、インターネット配信サービスで観られます。
介護保険では、車椅子や介護ベッドは借りるのが当たり前です。結婚式では誰もが貸し衣装を借ります。いつの間にか所有する時代から「借りられるものは借りる」文化へと移り変わってしまいました。

「物(モノ)」に価値があるのではなく、「事(コト)」に価値がある時代になりました。自動車というモノに価値があるのではなく輸送したり移動したりするコトに価値があります。いつまでも古い固定観念に縛られているとそういったことに気づきません。

1985年に刊行された知価革命

堺屋太一が、30年前に言ってた「知価革命」が起きたのでしょうか?
「工業社会」が終わって「知価社会」が始まり、大切なものは物(モノ)ではなく、それに付加される知的価値Knowledge Valueだと指摘されて久しいのです。
身近な生活のアチコチに、”そうかもしれない”と感じることが多くなりました。

モノに価値があるとは思えなくなって、「借りられるものは借りたらいいじゃないの?」と思うようになり、暮らし始めたのは確かです。
昔の賃貸住宅は質が劣り、制約も多かったのですが、今では賃貸住宅のグレードも上がり、住みやすい物件が多くなりました。

社会を構成してる基本的価値観、即ち社会通念を”パラダイム”と呼びます。モノからコトへ、パラダイム・シフトが起きているようです。どうらや、私達はとても大きなパラダイム・シフトの真っ只中にいるのかも知れません。

万博が2025年大阪開催が決まりました。
大阪府知事が「50年後を見つめた万博を」と意気込んでましたが、50年後目に見える「モノ」に価値があるのでしょうか?
価値は目には見えない、「コト」へ移ってしまってるのではないかと心配しています。

大きく価値観が変貌するパラダイム・シフトは、先ずモノを所有する時代が終わり、新しい生活観で考え直すことだと思います。

その時代のパラダイム(社会規範)の中にどっぷり浸かっている人には、その変化が見えないことがあります。
今はどんな時代のパラダイムかを判断するには、その時代には、何が豊富で何が貴重な資源であったかを見れば判るそうです。
モノからコトへ価値移行とは、所有価値から使用価値へ移行することを指すことでもあります。

近代経済学では、人々の喜びの増加または苦しみの減少をもたらす効用を「財」と呼んでいます。
財は、モノとサービスに分けられます。近代経済学が誕生したときモノが絶対的に不足していたので、財はほぼモノを意味していました。その後サービスへの考察が追加されました。
生産力の増強につれ、社会にモノがあふれて、財の重心がますますサービスに移ったのです。

価値 = 所有価値 + 使用価値という式のなかで、所有価値が徐々にゼロに近づきつつあります。サービスは所有できないので、価値 = 使用価値になりつつあります。

モノに伴って提供されるサービスと、モノを伴わないサービスがあります。サービスには形がなく、生産と消費が同時発生します。保存も標準化もできません。だから、モノとサービスといった括りに囚われないで、新たな「価値づくり」の発想を持つことが要求されているとも言われています。

めんどくさい話は、このくらいにして、消費者としての現在の価値観に話を戻しましょう。

(次のページへ続く)

 

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