ネットによるパラダイム・シフト

ネットの時代になって久しいのですが、最近の若い人の考え方に影響を与えているのかもしれないと思うことがあります。

それはライフスタイルだけではありません。結婚観や職業観、家族や人間関係などに影響を与えているようです。価値観が変化して来てるというより価値観が多様化してきているのです。

未来を観たければ、今の青年を見ることです。ネット時代では評価や評判、イメージが高い価値を生む時代かも知れません。
ディズニー信者やアップル信者とまで言われるのは、評価イメージに高い価値を持っているからかも知れません。
堺屋太一の「知価」や岡田斗司夫の「評価経済」は新しい価値観と多様化を予感させます。ともあれ、今まで経験したことのない新しい社会規範が始まったようです。

今、NGOだの、NPOだのと非営利団体が、アマチュア活動のようなことをやっています。ボランティア活動だけに限らずSNSのネットでコミュニティーを作り、今では当り前になりつつあります。お金を儲けるためでも、有名になるためでもない活動に、多くの時間を掛けるようになってなって来ています。

新しい社会規範のキーワードは多様性です。私達が住むこの地球は、自然界は、多様性に富んでいます。植物も動物も、哺乳類、鳥類、爬虫類も驚くほどの多様に富んでいます。生き残る強靭さのために、多様性を選んだのだと思います。

国連のSDGs(持続可能な開発目標)も、17の目標、そして169ターゲットを掲げています。

世界はますます複雑になり多様化してきています。

さて、未来を観たければ、今の青年を見てみましょう。

もう一度、池田先生の第43回SGI提言(2018年)の一部を紹介させていただきます。

(人権教育のプログラムの)続く第4段階は2020年から始まりますが、私は、その重点対象を「青年」にすることを提唱したいと思います。
青年は、フィルターバブルの影響を受けやすい面がある一方で、人権教育で学んだ経験を周囲に語り、発信することで偏見や差別を克服する輪を広げていける存在です。
核兵器の禁止を求めるICANの活動の中核を担ったのも、20代や30代の青年たちでした。

ネットの時代になって意外にも、若い人は占いや超自然的なオカルトを気楽に信じるようなところがあるのです。
「それって、あるある。」「不思議を信じる自分の気持を大事にしたい。」なんてSNSに書き込んでいます。

恋愛感情も少し変わってきました。相手とうまくいくか?より「自分の”好き”という気持ちを大切にしたい。」と言い「今の自分の気持ち」に沿うものを探しているように思えてなりません。自分たちを大切にする気持ちは、一方でこんな危険性も孕んでしまいます。

国家観も変わってきました。日本って日本らしい国になった?日本さがしは成功した?日本は人気ある国なの?評判いいの?かっこいいの?
国は胴元と一緒で、わけも分からない用途のために税を取り立てるシロモノになっています。これひょっとしたら悪代官だったらどうしよう?と思うくらいのシロモノになってるのです。
その国の価値観って「いいね」がたくさん集まれば、その国に住みたいと思ってヒトとカネが集まってくるものだと思ってます。

より安く原材料を買い叩いたり、より安い賃金で他国の人をこき使ったり、より無駄のない清潔な工場で生産ラインを整えたりすることに情熱を傾けられなくなっています。大げさな言い方をすれば、そんなことに正義を持てなくなっているのです。

よく働くことが他国の経済を圧迫しているのじゃないかと、あの9・11事件を見て思ったのです。ガムシャラに働いてきたのは年寄りだけで、医者の言うことを素直に聞くのは年寄りだけです。

かく言うモリパパも年寄りですが、青年の声に耳を傾けたいと思っています。たしかに目には見えないものに大きな価値があると思う時代がやって来たような気がします。経済そのものが変貌してしまうのではないかと思います。

少々大げさかもしれませんが、我々は大変革の時代の真っ只中にいるような気がしてなりません。

(取り敢えず終わります)

 

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