ネットによるパラダイム・シフト

個人情報の保護にはプライバシー・ポリシーがあることが重要になってきています。そして、どこでもネットにフィルターをしかけ、あなたの興味や関心などの個人情報を収集しています。これをパーソナライゼーション(personalization)と呼び、フィルタリング(filtering)されています。
フィルタリングされた、その情報は目に見えないところで膨大なデータとなり、われわれ個有のUser情報は、フィルターバブルと呼ばれる状態になって積み上がっているのです。

最近、EUではGDPR (General Data Protection Regulation)一般データ保護規則が2018年5月25日施行され、まず個人データの保護に乗り出しました。

内容はともかく、考え方は先見的で重要なものです。個人情報のプライバシーポリシーを決めて、管理することを義務付け、罰則規定を設けるほどにシビアです。
2018年末になって、罰則の適用を受ける企業も出てきました。

少々脱線してしまいました。ネット情報化が、我々に与えている影響、社会的規範に影響しているものは何か話を戻しましょう。我々が知らないだけで、ネット社会ではパーソナライゼーションが仕組まれ、我々の考え方や日常生活に影響を与えています。

少し長文になりますが、池田先生の第43回「SGIの日」提言(2018年)の一部を紹介させていただきます。

 特に近年、情報社会化が進み、他者とつながる可能性は拡⼤しているにもかかわらず、ネット空間を通じて増幅するのは、同じような考えを持つ⼈々との⼀体感ばかりという現象がみられることが懸念されます。
フィルターバブルThe filter bubble」と呼ばれるもので、インターネットで情報を探さがす際に、利⽤者の傾向を反映した情報が優先的に表⽰され、他の情報が⽬に⼊りにくくなるため、知らず知らずのうちに特定のフィルターで選別された情報に囲まれて、バブル 球体の膜に包まれてしまったような状態になることを指します。深刻なのは、社会問題を巡る認識でも、その傾向が顕著になりつつあることです。
 気になる社会問題があっても、⽬にするのは、⾃分の考えに近い主張や解説が載ったウェブサイトやSNSの内容になってしまいがちで、異なる意⾒は最初から遠ざけられ、吟味の対象
となることは稀まれだからです。
 この問題に詳しいイーライ・パリサー⽒は、「情報の共有が体験の共有を⽣む時代において、フィルターバブルは我々を引
き裂く遠⼼⼒となる」と注意を喚起しています。

 物事を適切に判断するためには⽂脈を把握し、さまざまな⽅位に⽬を配ることが必要となるはずなのに、「フィルターバブルでは360度どころか、下⼿をすると1度しか認識できない可能性がある」と、視野の狭さがもたらす悪影響に警鐘を鳴らしているのです(『フィルターバブル』井⼝耕⼆訳、早川書房を引⽤・参照)

(中略)

フィルターバブルや”無意識の壁”に囲まれていると、他者の人間性の輝きが目に映らず、自分に本来具わる人間性の輝きも曇らせて周囲に届かなくなってしまいます。

個人情報の保護が注目されるようになって来ましたが、それは情報化社会の序盤戦です。最低限守るべき初歩的な取り組みでしかありません。

情報化社会で重要なのはその先にある、フィルターバブルの問題でしょう。

(次ページに続く)

 

 

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