アメリカの血筋を引く北海道(その2)

日本の中で、どこかアメリカに似たところがあるのは北海道だけです。両者とも開拓で生まれた若い歴史を持つからでしょうか?

前稿で紹介した通り、明治2年~15年の13年間に北海道開拓使の「お雇い外国人」は、ケプロンを筆頭に合計78名いたそうです。
うち48名がアメリカ人だったそうです。

アメリカ東部13州が独立宣言(1776年)するによって、アメリカ合衆国が生まれました。まだ250年足らずの若い国家です。
北海道もまた、明治2年(1869年)8月15日の太政官布告で蝦夷地を北海道とされ、今年で150年を迎える若い北海道であります。

北海道開拓使
旧開拓使札幌本庁舎

律令制の五畿七道の七道には北海道は入っていませんでした。北海道は大和以外の蝦夷地でした。
明治政府の出先として北海道開拓使が設けられ、四十七都道府県の中で唯一「道」となりました。今もって地方自治体の中では、特別な地域なのです。

北海道研究ではありませんが、北海道は本土と違った特色があります。北海道の観光案内を専門とするサイトや北海道ガイドをするサイトがあります。
北海道の魅力は、郷土愛ランキングでTopです。北海道出身者が「北海道が最高!」と言っているのが、北海道なのです。

たった8ヶ月滞在(1876年~ 1877年)しただけのクラーク博士William Smith Clark(当時50才)が残した  “ Boys, be ambitious ”は有名です。

この“Boys, be ambitious”こそ、どこかアメリカのフロンティア・スピリットに通じたところがあって、若々しさを感じさせる北海道の印象になっています。

昨年(2018)夏の旅行でケプロン像前で

 

そもそも、札幌農学校を誕生させたのはホーレス・ケプロンHorace Capronで彼の進言によってクラーク博士は招かれました。
明治初年の無邪気で、若々しい日本を北海道に見る想いです。

北海道は津軽海峡を渡った訳である意味「海外」になります。
そう言えば北海道では、本州以南を「本土」と呼んでます。

北海道の歴史は開拓史です。失業した士族の救済、ロシアの侵攻に備えた屯田兵による開墾から始まりました。お米とワインの開拓史をたどれば、その文化史は今も消えていないと思うのです。

今年も2月4日~11日、さっぽろ雪まつりが始まります。70回を迎え札幌観光に一役買っています。
北海道は、寒い冬も開拓しました。新たな文化を作るフロンティア・スピリットを持っているのでしょう。

PMF2019の概要が明らかに!

もちろん夏は夏で、今年もPMF(Pacific Music Festival)が開催されます。楽しみです。

開拓史とフロンティア・スピリットを感じさせる、若々しい北海道です。

それはアメリカの血筋を引いたせいでしょう。

 

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