折々の指針を読んで

今日(5月9日)の聖教新聞「折々の指針」〈池田先生と共に 新時代を進む〉9 にこのようにあった。

3日には、広宣流布大誓堂で勤行し、全同志が健康長寿であれ、無事安穏であれ、そして幸福勝利あれと深く祈念した。
(中略)
7日には、恩師にゆかりの目黒区などを車で回り、同志に題目を送った。目黒の三田は、65年前の5月に、私たち夫婦が新出発をした地でもあり、発展の様子を懐かしく見つめた。

この7日の話は、一昨日の目黒戸田区活動者会で原田会長から聞いていたが、果たして池田先生自ら書いてくださり感激。更に

あの夕張での闘争からは60年――。愛する北海天地の父母たちは地域の信頼の柱と仰がれ、三代城の丈夫も、華陽の乙女も、目覚ましく成長してくれている。恩師がどれほどお喜びか。
昭和32年の7月3日、北海道から大阪へ向かう途中、羽田空港に降り立った私に、恩師は言われた。
「広宣流布は、現実社会での格闘なのだ。どんな難が競い起ころうが、戦う以外にないのだ。大作、征ってきなさい!」と。
不二の師弟に恐れなし。
元初から誓った「立正安国」の遠征を勇敢に続け、正義の勝利を一つ一つ打ち立てていくのみである。

闘いには原点があります。池田先生にも原点があるのでしょう。あるとすれば、新婚時代を過ごしたこの目黒大阪闘争へと繋がった三代城の北海道でしょう。

モリパパの勝手な解釈かもしれませんが、目黒北海道は、池田先生の原点の地なんです。