老人ホームについて

介護の問題が世に問われたのは、おそらく有吉佐和子の「恍惚の人」が発表された1972年(S47年)5月からではないでしょうか。発表から1年足らずで100万部を超える空前のベストセラーになりました。

「恍惚の人」はボケ老人となったしゅうとの介護に振り回される嫁を主人公にした書き下ろしですが、誰にも切実な問題として、のし掛かる介護を意識させました。
それまで家庭内の問題だった介護は、社会的な問題となり高齢化社会の到来を告げることとなりました。

介護保険制度がスタートしたのが、2000年(H12)4月からです。
それまで有料老人ホームでは、介護一時金や特別介護費として200万~1000万円と高額な費用を徴収しないとまかなえなかったのですが、介護給付の対象となって、入居者の負担軽減につながりました。

誰も介護を受けずに自立していたいのですが、いつボケるのか自分でも判りません。ある日突然痴呆が始まり、暴言暴力や徘徊が始まり、認知症と診断されることになります。
この先、認知症になるかどうか、当人にも判らないのです。他にも、身体的な障害(骨折など)で歩けなくなったり、入浴や排泄、そして食事も、介護が必要となる場合もあります。

生涯介護を必要としない人も多くいますが、一般的には、介護が必要になってから、老人ホームを考えることになります。
今後、平均寿命が延び、5人に1人が介護を必要とする時代が来ると見込まれています。決して他人事ではありません。

以前、社会学者の上野千鶴子の著書「おひとりさまの最期」を読んで、「在宅ケア」について投稿しまた。最期まで在宅が可能な人多くいらっしゃいます。
人それぞれに人生が違うように、老後の生活スタイルも、本当に千差万別なのです。

何も必要以上に不安がることもありませんが、老人ホームに入らざるを得なくなる前に、予め考えて準備することは大切です。
老人ホームを”つい棲家すみか”とするとは、どういったことなのか見つめてみたいと思います。

少し古い本ですが、黄金の人生(ラビドールLa vie d’or)という名のラビドール御宿という老人ホームを、10年に亘って取材したノンフィクションで、早瀬圭一著の「また会う日まで」を読んでみました。
ラビドール御宿は、リゾート型老人ホームとして千代田生命が開発しました。1966年(S41)設立で「終身介護」を謳った老人ホームです。
この入居費用は、居室と年令によって違いますが、6,000万近い高額なものです。元大学教授、公認会計士、作家、元会社重役など、入居者の人々は華々しい過去の経歴をもった人々です。

その人々が、ラビドール御宿に入った経緯いきさつさかのぼり、人生の完結期に、なぜ老人ホームに入ったのか、書き綴っています。
過去どんな華々しい経歴であったにせよ、老人ホームの入居者として、夫々に同じように静かな生活を刻んで、そして亡くなります。

ラビドール御宿は、介護保険制度が始まる2000年以前の設立のため、終身利用型老人ホームとして独自に特別介護費を徴収し、終身介護に備えていました。ところが介護保険が実施され、この特別介護費が不要になりました。資金的に余裕ができ、”上乗せ横出しサービス”として付加することができました。
現在の老人ホームでは介護保険適用を前提として設立されているので、経営面に余裕がない老人ホームもあるかも知れません。

また、ラビドール御宿の経営は千代田生命財団が行っています。ところが、2000年(H12年)10月、親会社の千代田生命が更生特例法を申請し、倒産してしまいました。
(余談ながら、千代田生命の本社社屋は、現在目黒区の本庁舎となってます。)
老人ホームは利用者の視点と経営的な側面があるあることを知っておかねばなりません。幸いにもラビドール御宿の財務体質は健全で、倒産の危機を回避できました。更に、財団は千代田生命から日立システムへ移管され現在運営されています。
以上、入居者として老人ホームの経営に無関心ではいらません。

ラビドール御宿に入居している人々の生活について、早瀬圭一は一人ひとり刻銘に描いています。すなわち人生の終末期にある入居者の人々を描いています。最後にこんな表現を使っています。

「死は身近にあった」「ひっそりと息をひそめてその瞬間を待っている」ような雰囲気があるのでしょう。大方は、どこかで「死」を意識している。その一方で「死」が永遠の別れではないと誰もが思っている。私たちは「じゃまた」とか「じゃぁ近いうちに」と言って友人や知人と別れるように。

明日か明後日か、一ヶ月後か分からないけど、「また会える」と信じている。だから死別のときでさえ「また会う日まで」と賛美歌で歌うように…

モリパパは、クリスチャンではないので賛美歌は歌いませんが、死別を「また会う日まで」というのは、生命輪廻を当り前とする仏法では自然な感情です。みずみずしく生れ変るその日まで、
しかしどんなに平穏でも、何か寂しい生命いのちの終焉を迎えているようで、そんな印象を覚えます。最期を、老人ホームで迎えるということは、こんなものかと少々切ない気がしてきました。

少なくとも、これまでと変わらぬ生活を最期まで保ちたい。
そんな場が老人ホームで在ってほしい。否、人生の最も豊かな生活の場であって欲しいと思うのです。
あたかも最期が、人生のクライマックスであるかのように…

少々、横道にそれるかもしれませんが、サーバントServantリーダーLeadershipの提唱者で著名なロバートRobertグリーンリーフGreenleafが、1987年
老後について=魂が試される究極の場Old Age: The Ultimate Test of Spirit」といった小論を書いています。
彼83才の時ですから、亡くなる3年前でしょうか、自らふり返った回顧録です。
その抜粋を纏めました。少々長文ですが、ヒントがあります。

彼は言います。老後は「魂(Sprit)が試される究極の場」。即ち、老後(Old Age)は魂(Spirit)の究極の試練だと、老後に「生きる勇気」を持ち、「人生を見通す力」を養うことだと言ってます。
(下の太字の表題をクリックで、内容を表示開閉します。感心あれば一読ください。)

老後について = 魂が試される究極の場Old Age: The Ultimate Test of Spirit」の抜粋

私は80才を過ぎて、人生の新たな時代に入り、一人でいることを歳をとるに従い一層大切に思うようになっている。世を捨て完全に孤立して暮らすことはないと思うが、人と触れ合うことを極端に制限しており、その傾向はますます強くなってきている。

73才のときに、妻と私はサービス付き高齢者向け住宅に入居した。こんな風に高齢者だけ集めて、若い人と接する機会を制限するのが良いことだとは思っていない。

今にして思えば、私が最も活動的で多くを生み出したのは60才から75才にかけての時期(第2キャリア)だった。40才から60才までは、第2キャリアへ向けて意識的に準備をしてきた。

80才を過ぎると同時に「カウントダウン」の段階に入ったことを意識するようになった。死が迫っていることを示すサインが、そこかしこに現れたわけではなく、私はゆっくりと、いっそう世俗のものごとから距離を置くようになった。それは60才で現役を引退して第2のキャリアを始めたときよりも、あるいは75才になって出張や旅行を止めたときよりも、みごとにまでキッパリとしたものだった。

私はジックリ考えるのが性に合っており、今では自分の沈思黙考を奉仕(Servant)だと思っている。

最近になるまでは、未来があったことだ。過去としての現在に、究極はつながる未来である。しかし今は、未来はないし、実を言えば過去もない。あるのはただ、他人の過去と言ってもいいような経歴だけだ。「今」しかないのである。

今こうして、自分の経験を書きながら私が願っていることは、他の人達が、老いへの備えを、不確かなものに向き合う準備を、自分なりにしていこうと思うようになってくれることだ。

ゴルフや魚釣りや市民コーラス三昧の老後を送るつもりなら、何も準備をする必要はないかもしれない。しっかりした判断力がある間は創造的な、若い時とは違う生き方をして向上していきたいと思うなら、私の経験を見てもらえば分かる通り、備えをするのが賢明だ。

今にして思えば、深く考えるその時間は、長いものも短いものも、いつも私にとって貴重なものだった。議論が白熱しているときには、建設的なプロセスを展開できるよう、ほんの何秒か沈黙することが時には極めて重要になる。

これだけは確信を持って言える。備えるべきこととして、自分の老後を考えている人はみな、どのような準備をするのであれ、そのように考えなかった人より、豊かな老いを生きられるだろう。

老いへの準備として最も重要なのは、退職して生活が一変するする時が来ることを、若いうちから認識しておくことかもしれない。退職後にこそふさわしい第2のキャリアを楽しみにするなら、それに向けた変化を、エネルギーがあるうちに起こすこと、その準備をすることが重要だと思われる。

つまり、老いに伴うものごとへの備えは、「勇気」の欠如によって妨げられるということなのだろう。

勇気とはパウル・ティリッヒPaul Tillichが「生きる勇気Der Mut zum Sein」と呼んだもの、常に注意を払い、困難や苦悩や不安に絶えずさらされつつも、心穏やかに生きる勇気である。
そうした勇気が欠けていると誤った安心感が生み出されてしまい、老いに直面して、フォスディックが、

「人生を見通す力」と呼ぶものが自分にないとわかった時に、全く安心できなくなってしまう。ひいては老いを迎えた時に、平安を手に入れられなくなってしまう。

サインは常にある。人生を豊かにする考えに、気付かされるサインである。ただし、聞こえるものはいつも、そうしたサインに油断なく気を配っていると、圧倒されるほど多くのサインあることが分かり、どれを心に留めるか選ばなければならないほどだ。


 


以上のように、パウル・ティリッヒPaul Tillichが「生きる勇気Der Mut zum Sein」と呼んだ「勇気」をもって、人生を豊かにする考えに、気付かされるサインを見逃さないことだと言っています。
神学・宗教学者のパウル・ティリッヒついては、別の機会としましょう。ただ、すべては「勇気」からだと言うことはよく理解できます。それが老後への準備になると言う。老後は魂が試される究極の場だそうですが、そうかも知れません。

もし老人ホームが、人生の最期を見事なクライマックスとできる場ならば、老人ホームは人生の最良のステージになります。老人になっても、人生の終末期であっても、最期まで未曾暫廃みぞうざんぱい」の心意気で、生き切りたいものです。
このテーマは、また別の機会に譲りたいと思います。それでは
「さぁ、今から老後に備えよう! 前進を合言葉に!」