エマニュエル・トッドが読み解く世界

以前、投稿「ヨーロッパの覇者ドイツ」で紹介した、人口歴史学者のエマニュエル・トッドEmmanuel Toddが今年10月来日した。
NHK は、来日中のトッドを取材し、番組「混迷の世界を読み解く」を制作し、2016年11月6日放映されました。(12/24再放)

エマニュエル・トッド
(Emmanuel Todd)
フランスの人口歴史学者

ソビエトの崩壊、アメリカの没落、イギリスのEUからの離脱など、世界の動きを次々と予言し的中させているフランスの知識人、エマニュエル・トッド氏。
おおきな時代の変革期を迎えている現在「従来の価値観、考え方」からの脱却が、どれだけ大切なのかを語りかけています。

「混迷の世界を読み解く」の中でエマニュエル・トッドが話した内容を書き写してみました。以下ご紹介させて頂きます。

トランプ現象は何を意味するのか?

トランプがどんなバカげたことをしても、トランプが勝つ可能性はなくならない。(この時は、アメリカ大統領選前でした。)
アメリカを揺るがすトランプ現象、それは白人中間層による革命なんです。マスコミはトランプ支持者は教育を受けていない層だと言いますトランプを応援するなんて社会の最下層に違いない。でも、アンケート調査によると、それは全く間違っています。
トランプを支持する人々は、大学に入っても卒業していない中間層と言われる人々です。彼らの収入を見てみると最近は若干上がっているが、長いスパンで見ると緩やかに下りながら停滞していると言えます。
人類学的にこんなデータがあります。アメリカの白人男性の死亡率が高くなっています。そして死亡原因は自殺(Suicide)やドラッグ(Drogues)更にアルコール中毒(Alcohol)や肥満(Obesite)など
これを見ると不安定な経済システムのせいで、社会全体が不安を抱えていることがわかります。
教育のレベルによっても死亡率に差があります。教育レベルの最も上の層、大学や大学院を卒業した人たち、いわゆるエリートの死亡率は下がっています。寿命は若干長くなっているんです。
一方トランプの支持層でもある中間層、大学を中退した人々は死亡率が一向に下がらず停滞しています。実はこれは大きな問題なのです。常に前進し続けることがアメリカの理想。「停滞」はアメリカンドリームの終焉を意味するのです。
昔のようにほとんどの人が高卒で読み書きができる程度だった時代は、みんな一緒で差がないため、社会全体は民主的なものになります。でも現在のアメリカは平等だと言いながら、実際に力を持っているのは30%の大卒の人々です。
彼らはエリートだという自意識があり、他の階層への関心を失いがちなんです。
こうした教育システムは不平等感を社会全体に広めていきますその状態がずっと続いていくと、エリート層の側も意識が変わっていくのです。30%という数の増えたマスエリートは、傲慢になり「みんなのため」と言いながら全体のためにはならないグローバル化を押し進めます。民主主義の危機なのです。
トランプの支持者は決して教育を受けていないわけではありません。愚かなわけでもなく理性的に考えない人たちでもありません。むしろトランプ本人より理性的な人々です。彼ら中間層は停滞するアメリカの社会に翻弄され、社会に対し怒っています。
トランプに魅力を感じているわけではありません。トランプは彼らにとってただの道具でしかない。トランプを道具として使うことによって怒りをエリートにぶつけているのです。
今回のクリントンとトランプの戦いは、外へ目を向ける「覇権主義」と、内側に目を向ける「一国主義」との戦いです。
クリントンは今までのアメリカと変わらず、覇権主義的な考えで自由貿易を認めグローバル化を進める側の立場です。
更に軍事面でも非常に覇権主義的です。これまで通り世界各国へ軍を派遣しようとしています。「世界平和のため」という名目でね。そしてこれまでと同じように失敗を繰り返すのでしょう。
逆にトランプは一国に閉じこもる方向です。アメリカが世界で果たしてきた役割から降りようとしています。ある意味エゴイストとも思える考え方です。
今回の選挙は派手で、ばかばかしいやり合いばかりに目が行きがちですが、その裏にあるアメリカ社会の構造の変化を冷静に見つめなければならないのです。

EUの動向に注目せよ

フランスやアメリカの港と比べて日本の港は最も調和がとれています。とても美しいですね。商品などの物流のグローバル化もさることながら私のような研究者が受けるグローバル化の恩恵は情報交換が容易になったことです。
世界中の研究者たちとデータのやり取り簡単にできるようになり仕事の効率も上がりました。情報のグローバル化は人生にも良い変化を与えます。
いま東京の港にいるのに、パリにいる14才の娘にメールで「ちゃんと宿題したか?」と聞けますからね。日本にいてもフランスにいても彼女から返事はありませんが、
とても悲劇的なことですが、このままではEUは崩壊するでしょう。EUは当初の目的とは反対にグローバル化からヨーロッパを守るどころか、世界で最も自由貿易を推し進めているのです。
ヨーロッパの国々にはそれぞれ様々な特徴があります。ドイツはその中でも最も高い生産能力を誇る国です。
そしてEU が成立したことで最も強力な国となりました。今やドイツがEUをコントロールしていると言ってもいいでしょう。
EUの理念はすべての国が平等であるということでした。しかし実際にはその逆で、国と国の格差が広がっていった。アメリカの独り勝ちに対抗するために作ったEUが、ドイツの独り勝ちを招いたという皮肉です。
EUは今やブラックホールのような存在で、多くの国に極めて悪い影響を与えているのです。
EUがイギリスに与えた悪影響は大きなものです。ロンドンはグローバル化の拠点となり経済は金融に特化し、北部の都市との間に大きな格差が生まれました。イギリスの社会は分断されてしまったのです。
イギリス以外にも多くの国がEUを出たいと思っています。例えばイタリアはドイツに対して苛立っている。ギリシャもそうです。
今やEUはまるで監獄のようです。そしてドイツが看守のような役割。とても悲劇的なことですが、このままではEUは崩壊するでしょう。

中国は何処へ向かうのか?

中国は内部から崩壊するおそれがあります。中国がグローバル化の中で重要な要素だというのは確かですが、自らその役回りを選んだわけではありません。
中国はロシアよりうまく共産主義と距離を取り、市場経済主義への移行を選択して他国からの投資を呼び込むことに成功したとも言われています。しかし本当にそうでしょうか、それは中国自らの力で成し遂げたことではないのです。
アメリカ、ヨーロッパ、そして日本がそうさせたのです。
その理由は中国人の賃金の安さ例えば中国人の賃金はアメリカ人の20分の1です。それを使えば簡単に利益を上げるいことができます。ですが実は今、その構造が中国に悪い影響を与えているのです。
中国はあまりに巨大なため、その賃金の安さは世界中の労働者の賃金上昇を停滞させてしまうのです。その結果世界各国で消費が抑えられ物が売れません。するとその影響はブーメランのように自国に戻り、中国の労働者の仕事がなくなってしまう。中国がグローバル経済の中で果たしている役割の大きさを考えると、この悪循環は深刻です。
国内の経済を見ても、中国は普通の国と違います。
GDPの設備投資の割合が共産主義の時代と変わらず40~50%と極端に高い。
国内の消費は低く経済は成立していません。にも拘らず資本を国外に出そうとしているのです。これは異常なことです。
私の専門である人口学的な立場からは、中国に対して悲観的な未来しか見えません。
中国は今、人口流出の問題に直面しています。中国にも移民はきますが、それより多くの人が国を出ていっています。ヨーロッパやアメリカが移民を引き付けるのとは真逆です。入ってくる人出ていく人のバランスを見ると年間150万人が中国から出ていっています。
欧米では大学進学率は40%~50%。一方中国では6%と極端に低い。わずかヨーロッパの5分の1、国としては圧倒的な差があります。移民として流出しているのは教育レベルの低い貧困層だと思われがちですが、それは間違っています。
実際の移民はきちんとした教育を受けた人たちです。例えば19世紀にヨーロッパや日本で教育レベルが上がると田舎に住んでいた人は都会へ出ていきました。今はそれと同じことが、世界規模で起きているのです。それこそがグローバル化です。
未成熟な国から教育を受けた人がいなくなってしまうことは、非常に大きな問題です。
これは一般に余り知られていなきことですが、グローバル化によって安定した国と、逆に不安定になった国があります。ヨーロッパと中国は特に不安定になり、先行きの見えない状況に陥りました。ヨーロッパと中国が似ているというのは不思議に思えるかもしれませんが、人口学的にみれば、それは間違いなく事実です。
中国がこれ以上拡大を続けるとは私は思いません。中国の軍事力は実はそれほでお大きくない。今中国は非常に覇権主義的な姿勢を見せていますが、実際その軍事力は、国内をコントロールするのが精一杯で、国境を越えて影響力を及ぼすことはできないでしょう。中国の覇権主義が実際に外へ向かうリスクは少ないでしょう。それより危険なのは、中国が内部から崩壊に向かうことです。世界にとって危険なことです。これだけの人口を抱えた国が崩壊するとすれば世界に多大な影響を与えます。
今の中国に対して苛立つこともあるかもしれません。反日感情を利用して国内を安定させようとする姿勢を不愉快に思う人もいるでしょう。しかしこれまで話してきたように、中国は非常に不安定な国なのです。そのことをきちんと理解しなければなりません。
そして中国の手助けをするべきです。感情的になってはいけません。好意的に中国と向き合う努力が必要です。
日本はそこにナショナリズムを持ち込んではいけないのです。

混迷の世界 日本の進む道とは

子供は素晴らしいよ、特に自分の子供でなければね。私には4人の子供がいるが、世話をするのは大変だ。面倒を見る必要のない他人の子供は本当に素晴らしい。
こうして見ると何だ子供はいっぱいいるじゃないかと感じます。でも統計上は全然足りていない。それが事実です。私の仕事は統計データを見ることです。この光景に感動しても数字を見なければ、専門家として語る資格はないのです。
ここに来て一つ気づきたことがあります。今は平日の午後三時。パリでこの時間にこのような光景を見ることはありません。なぜなら子供は皆この時間は保育園にいて両親は共に仕事をしています。でも仮に例えば保育園を沢山作っても、それだけで問題は解決しないでしょう。なぜなら日本には、子供を預けるのはよくないことだという暗黙の文化があるからです。文化や価値観を変えなければならないのです。
日本はテクノロジーを使い、完璧なロボット社会を作ろうとしているかもしれません。しかしそれも解決にはならないでしょう。
よく仕事のほうが子育てより大変で重要だという人がいます。でもそれは間違っています。私は子育ても仕事も両方やりました。子育てのほうがエネルギーを使うし、とても重要な事なんです。ほら、大変でしょう?本を書くほうがよっぽど簡単だよ。
私がはじめて日本に来たのは20年前。そのころから人口減少は大きな問題になっていました。私は初め日本人ならなんとか対応できると楽観視していました。でもこの20年間ただ問題だ問題だと騒ぐだけで、実際には何も変化がないように見える。このまま放っておくと人口減少は、経済よりも極めて深刻な問題になるでしょう。
グローバリズムの理想は世界中の人々が皆平等になることでした。だが実際にグローバル化がもたらしたのは、社会の分断と格差の拡大でした。昔マルクスは「万国の労働者よ、団結せよ」と言いましたが、団結したのはエリートでした。
だからそれに対抗して、もっと国という枠組みを意識する必要があります。
エリートと大衆の断絶をなくし、同じ国の仲間だという意識を持って、ひとつにまとまるべきです。
「国という単位でまとまろう」と主張する私が、日本に対して言えるのはここまでです。後は日本がきめること。
これ以上言ってしまったら、グローバル化が好きな愚かなフランス人ということになってしまいますからね。


エマニュエル・トッド氏が、次々と予言し的中させるから、注目されているのではありません。
彼のバランス良い、幅広い思考に賛意が寄せられているのです。彼は日本公演の最後にこのように言っています。

いま世界は非常に重要な時期にさしかかっています。グローバル化の夢が終わろうっとしているのです。その発想を生み出した社会の中からこそ終わろうとしているのです。
もはや経済のことばかり強迫観念のように考えるときは過ぎ去ろうとしています。国家も経済だけにとらわれず、もっと重要なことに目を向ける時代を迎えることでしょう。

英国にブリグジット(Brexit)ショックが起き、米国のトランプ現象(Amexit) が起き、戦後の国際秩序に地殻変動が起きているようです。

これまで世界は、戦争の時代から経済の時代、経済の時代から人道の時代へと向かう流れにあると思っています。
しかし、行きつ戻りつ、揺れ動きながら歴史が進んでいるようです。さはありながら、絶対に起こしてはならないのは戦争です。