シュトラウス (Strauß) 一家

中欧に650年間君臨したハプスブルク帝国が崩壊(1918年)する前の Franz Joseph Iの時代で、 きらびやかなWienが舞台のワルツの時代でした。
「ウィーンの太陽」「ウィーンのもう一人の皇帝」とまで言われた「ワルツ王」 Johann Baptist Strausß Ⅱを中心にまとめてみました。
先ずは、 Johann Strauß I (Vater)ワルツの父から始まり、 長男のワルツ王 Johann Strauß Ⅱ、そして次男の Josef Strauß 、三男の Eduard Strauß の親子4人の物語りです。
(因みに後のRichard Georg Straußはウィーンのヨハン・シュトラウス一族とは血縁関係はないと言うことです)

西暦 Vater JohanⅡ Josef Eduard 生涯 作品
1804 0才 Johann Strauß I (Vater)ウィーンに生まれる
1805 1才
1806 2才
1807 3才
1808 4才
1809 5才
1810 6才
1811 7才
1812 8才
1813 9才
1814 10才
1815 11才
1816 12才
1817 13才
1818 14才
1819 15才
1820 16才
1821 17才
1822 18才
1823 19才 Vater:ヨーゼフ・ランナー(Josef Lanner)の楽団に入団
1824 20才
1825 21才 0才 10月25日Johann StraußⅡ:Wienの下町で歓楽街のレオポルト・シュタットに生まれる
音楽家Johann StraußⅠと宿屋(居酒屋という説もある)の娘、アンナ・シュトレイムのあいだに長男として誕生。
1826 22才 1才
1827 23才 2才 1才 Vater:楽団を退団。自ら、管弦楽団を結成する
Johann:8月20日Josef誕生
1828 24才 3才 2才
1829 25才 4才 3才
1830 26才 5才 4才 Johann:5才の時、祖父のアパートで最初の作品「最初の楽想」(作品番号なし)を作曲。母親がそれを譜面に写す。
1831 27才 6才 5才
1832 28才 7才 6才
1833 29才 8才 7才 Vater:愛人のもとに通うようになると、ますます自宅から足が遠のく Johann:春の声wikiFruhlingsstimmen Op.410 YouTubeNeujahrskonzert 2006
1834 30才 9才 8才
1835 31才 10才 9才 0才 3月15日Eduard誕生
1836 32才 11才 10才 1才 Johann:ショッテン・ギムナジウムに入学。
1837 33才 12才 11才 2才
1838 34才 13才 12才 3才
1839 35才 14才 13才 4才
1840 36才 15才 14才 5才
1841 37才 16才 15才 6才
1842 38才 17才 16才 7才
1843 39才 18才 17才 8才 4/14 Vaterの最大のライバルJosef Lannerが亡くなる
1844 40才 19才 18才 9才 Vaterと母アンナは正式に離婚する
1845 41才 20才 19才 10才 Johann:自らの楽団を結成してヒーツィングのホール「ドムマイヤー・カジノ」でデビューする(10/15)
1846 42才 21才 20才 11才 Vater:「宮廷舞踏会音楽監督」に就任する
1847 43才 22才 21才 12才
1848 44才 23才 22才 13才 ウィーン3月革命勃発。Vaterは「ラデツキー行進曲」(作品228)を作り、皇帝派とみなされる。息子Johannは革命派に属し「革命行進曲」(作品54)「自由の歌」(作品52)などを作曲し、市民から喝采を受ける
しかし、革命鎮圧後には戒厳令下でラ・マルセイエーズを演奏した門で警察から取調べを受けている。
Vater:ラデツキー行進曲 wikiRadetzky-Marsch Op.228 (日本では運動会の曲です) YouTubeNeujahrskonzert 2009
1849 45才 24才 23才 14才 9月25日Vater亡くなる(墓所はウィーン中央墓地にある)
1850 25才 24才 15才
1851 26才 25才 16才 Johann:父Vaterの楽団員の一部を自分の楽団に取り込み、それまで父を贔屓にしていた市民層の間でも順調に人気をのばし始める
1852 27才 26才 17才 弟Josefを指揮者、Edardを楽団のハープ奏者としてデビューさせ、一家を挙げての活動体制を整える
1853 28才 27才 18才 多忙のためJohannが病に倒れる。弟Josefが代役としてシュトラウス管弦楽団を指揮。
1854 29才 28才 19才
1855 30才 29才 20才
1856 31才 30才 21才 Johann:ロシアの鉄道会社との契約で、夏シーズンにロシアのペテルスブルク郊外にある避暑地パブロフスクで演奏活動を行った
以後10年間、夏シーズンにハバロフスクでの演奏会がもたれる
1857 32才 31才 22才
1858 33才 32才 23才 Johann:ロシア人女性オルガ・スミルニツカヤと恋愛関係を持つが、その後両者の交際は途絶える。
1859 34才 33才 24才 三男のEdardが指揮者としてデビュー(2/5)
1860 35才 34才 25才
1861 36才 35才 26才
1862 37才 36 27 Johann:8月27日、銀行家の愛人で元歌手のイェッティ・トレフツと結婚
1863 38才 37才 28才 Johann:念願の宮廷舞踏会音楽監督の称号を得る(1870年まで)
1864 39才 38才 29才 パリのOffenbachがWienを訪問していた時、ワルツ「夕刊」を発表。これに対抗してJohannにワルツ「朝刊」をジャーナリスト協会の依頼を受け作曲された。 Johann:朝の新聞Morgenblatter Op.279 YouTubeNeujahrskonzert 2010
1865 40才 39才 30才
1866 41才 40才 31才
1867 42才 41才 32才 ウィーンの名士たちから成るウィーン男声合唱団の依頼に応じてワルツ『美しく青きドナウ』(作品314)を作曲、同合唱団により初演。万博が開かれたパリとロンドンを訪れた際にこの作品をオーケストラで演奏し、大成功を収める。
この年、ワルツ「芸術家の生涯」(作品316)も作曲するなど、立て続けに優れたワルツを発表。
Johann:美しく青きドナウ wikiAn der schonen blauen Donau Op.314 YouTubeNeujahrskonzert 1994
1868 43才 42才 33才 ワルツ「ウィーンの森の物語」、「雷鳴と電光」、弟ヨーゼフとの合作「ピチカート・ポルカ」など作曲。 Johann:ウィーンの森の物語 wikiGeschichten aus dem Wienerwald Op.325 YouTubeNeujahrskonzert 1999
1869 44才 43才 34才
1870 45才 44才 35才 2月3日 Strauß兄弟の精神的支柱であった母アンナが亡くなる。次いで、7月22日Josefも亡くなる。
1871 46才 36才 Johann:最初のOperette「インディゴと40人の盗賊」を初演(2/10)、成功を納める
1872 47才 37才 アメリカのボストンで開かれた「アメリカ独立100年祭」のBig Concertに出演。弟Eduardが「宮廷舞踏会音楽監督」に就任
1873 48才 38才 Operette「ローマの謝肉祭」をTheater an der Wienで初演(3/1) Johann:ウィーン気質wikiWiener Blut Op.354 YouTube2002
1874 49才 39才 Johann:Operette『こうもり』wikiDie Fledermaus YouTube
1875 50才 40才
1876 51才 41才
1877 52才 42才
1878 53才 43才 Johann:4月7日、妻イエティが亡くなる。同年5月28日歌手(俳優?)志望のアンジェリカ・ディットリヒと再婚する
Operette「目隠し遊び」をTheater an der Wienで初演(12/18)
1879 54才 44才
1880 55才 56才 Operette「女王のレースのハンカチ」をTheater an der Wienで初演(10/1) Johann:南国のバラwikiRosen aus dem Suden Op.388 YouTube1997
1881 56才 46才 Operette「愉快な戦争」をTheater an der Wienで初演(11/25)
1882 57才 47才 Johann:再婚したアンジェリカが去る
1883 58才 48才 Johann:Operette「ヴェネツィアの一夜」をベルリンで初演(10/3)
1884 59才 49才
1885 60才 50 Johann:Operette「ジプシー男爵」をTheater an der Wienで初演(10/24)
1886 61才 51才
1887 62才 52才 Johann:8月15日 ドイツのコーブルグで、銀行家の未亡人アデーレ・シュトラウスと3度目の結婚
1888 63才 53才
1889 64才 54才 ワルツ「皇帝円舞曲」(作品437)をベルリンで初演
1890 65才 55才
1891 66才 56才 Johann:宮廷歌劇場にてはじめて彼の作品(オペラ「騎士パスマン」)が上演される
1892 67才 57才 Johann:Operette「騎士パスマン」を宮廷歌劇場で初演
1893 68才 58才 Johann:Operette「ニネッタ公妃」をTheater an der Wienで初演(1/10)
1894 69才 59才 Johann:デビュー50周年記念祭が開かれる。
Operette「ヤプカ」をTheater an der Wienで初演(10/12)
1895 70才 60才
1896 71才 61 Johann:Operette「理性の女神」をTheater an der Wienで初演(3/13)
1897 72才 62才
1898 73才 63才
1899 74才 64才 Johann:宮廷歌劇場で自作のOperette「こうもり」序曲を指揮(5/22)、これが最後の指揮となる
6月3日StraußⅡ肺炎により亡くなる
1900 65才
1901 66才
1902 67才
1903 68才
1904 69才
1905 70才
1906 71才
1907 72才
1908 73才
1909 74才
1910 75才
1911 76才
1912 77才
1913 78才
1914 79才
1915 80才
1916 81才 12月28日Eduard亡くなる