ゲノム編集-2

この記事は3年以上前に投稿された古いものです。

ゲノム編集という技術に大変なことが起きている。「30年後にはゲノム編集とそこから派生した技術によって、世界のありようと私たちの価値観がいかに変わったかを振り返る日が必ず来る。」(NHK広島放送局ニュースデスク 松永道隆)と表現したくなる程刺激的です。

ゲノム編集というサイエンスは、まだ始まったばかりです。

まずは、ゲノムの解読ができなければ、なにを編集すれば良いのか解りません。
そのゲノム解読の技術が凄まじい勢いで進展しています。

1977年初めてサンガー法(Frederick Sanger chain termination method)が登場し、シーケンシング(DNA sequencing)でゲノム解読きるようになりました。
そして2005年に次世代シーケンサー(NGS Next Generation Sequencer)が登場し、飛躍的な技術発達を遂げました。

次世代シーケンサー(NGS)

2003年当時、ヒトゲノムの全解読に、13年と30億ドルの費用をかけたのですが、2011年では1ヶ月約百万円で解読可能となり、現在では1時間数万円で解読可能になったのではないでしょうか?

ここまで来ると、お手軽にゲノム解読できるようになり、以前に紹介した「環境DNA」という新たな研究分野も現れてきました。

素早く安価にゲノム解読できるようになると、これに併行して、ゲノム編集も飛躍的に進歩します。

以下、SCIENTIFIC AMERICAN December 2014に載せられた
ゲノム科学を変えるCRISPRにゲノム編集について、よく説明されていたのでこれを引用します。

ゲノム科学を変えるCRISPR

遺伝子工学の時代が幕を開けたのは1970年代だ。バーグ(Paul Berg)が細菌に感染するウイルスのDNAをサルに感染するウイルスのDNAに挿入することに成功し,ボイヤー(Herbert W. Boyer)とコーエン(Stanley N. Cohen)は導入した遺伝子が何世代にも引き継がれて働き続ける生命体を作り出した。1970年代後半には,ボイヤーらが設立したジェネンテック社が合成ヒト遺伝子を組み込んだ大腸菌を使って糖尿病治療用のインスリンを量産するに至った。そして米国中の研究所で,疾患の研究に遺伝子組み換えマウスが使われるようになった。
こうした成功は医学の潮流を変えた。だが,初期の方法には2つの大きな欠点があった。正確性が足りないことと拡張が難しいことだ。DNAを特定の位置で切断できるタンパク質が1990年代に設計され,1つ目の欠点は克服された。DNAを無作為に細胞に導入し,有益な変異が起こることを願っていた時代に比べると,格段の進歩だ。とはいえ,この段階ではまだ,狙いのDNA配列ごとに新しいタンパク質をこしらえなければならず,それは時間がかかり,骨の折れる作業だった。
ところが2年前(=2013年),スウェーデンにあるウメオ大学のシャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier)とカリフォルニア大学バークレー校のダウドナ(Jennifer Doudna)の研究室のチームが,ゲノムを迅速かつ容易に編集できる遺伝的メカニズムを細胞内に発見したと報告した。その後間もなく,ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の研究チームが,この技術を使えば1個の細胞のゲノムに複数の変更を高精度でいっぺんに加えられることを示した。
この進歩に遺伝子改変業界は活気づいている。遺伝学と医学の分野に重要かつ有益な影響を及ぼすことがほぼ確実だからだ。以前は約1年がかりの仕事だった特注の遺伝子組み換え実験動物の作製が,今では数週間でできる。科学者はこの技術を使ってHIV感染症やアルツハイマー病,統合失調症など様々な疾患の治療法を探っている。ただ一方で,この技術は遺伝子を非常に容易かつ低コストで改変できるため,一部の倫理学者は負の結果をもたらす恐れがあると警鐘を鳴らしている。
この技術は,細菌のDNAに見られる反復配列(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)にちなんでCRISPR(クリスパー)と呼ばれている。この奇妙な遺伝子配列は犯人の顔写真のようなもので,細菌はかつて自分を攻撃してきたウイルスをここに記憶している。1980年代後半に日本の研究者によって発見されて以来,ずっと研究されてきたが,ダウドナとシャルパンティエのチームがCas9 (CRISPR-AssociatedProteins 9)と呼ばれるタンパク質を使う方法を発見するまで,CRISPRが遺伝子編集ツールとして有望なことははっきりしていなかった。

(上記表題をクリックしてみて下さい。難しければ読み飛ばしてOK)

CRISPR-Cas9システムの発見により、いかなる遺伝子も簡単に、迅速に、かつ高い確率でノックアウト(切断)、あるいはノックイン(結合)することが可能となりました。
RNA先導型CRISPR-Cas9ゲノム編集システムは、その簡便さから多様な基盤に適用できるだけでなく、労力を要したZFN(Zinc Finger Nuclease)やTALENといったゲノム編集手法の代替となり、今やメインになりました。

Dr. Feng Zhang

現在、CRISPR/Cas9 の応用と改良に、最も取り組んでいるのは、MITとHarverdが設立したブロード研究所(Broad Institute)です。
中心者はフェン・チャン(Feng Zhang Ph.Dr)です。彼の研究室には多くの優秀な研究員が集まっています。

addgeneのWebサイト

ゲノム編集の方法は切りたい遺伝子のプラスミド(Cas9 Ver.)を購入し、狙いのDNA塩基性配列に特異的に結合するガイドRNAを作って組み込むだけです。
addgene(米NPO)のWebサイトでCas9 Ver.を購入できます。自分で作るより、既に誰かが作ってaddgeneへ提供したCas9 Ver. を購入したほうが、迅速な研究ができるのです。
Cas9 Ver.は、addgeneのカタログ品で、一律$65- で研究機関(非営利)へ提供されています。毎日200件ほどの注文があるらしいのです。ゲノム編集の研究はいよいよ加速してます。

米ベンチャー企業のEditas Medicine社は、フェン・チャン(Feng Zhang Ph.Dr)等が創設メンバーだそうです。このベンチャーに、あのビル・ゲイツも投資会社を通して1億2000万ドル投資したというから、その熱気が感じ取れます。

NHK「ゲノム編集」取材班の著作「ゲノム編集の衝撃 」が出版されてのは、今年(2016年)7月のことです
この本の冒頭にiPS細胞でノーベル賞を取った山中伸弥さんが、「ゲノム編集とiPS細胞-人類の未来のために」という序分を寄せています。

2010年を過ぎて、遺伝子操作の技術に突如として大幅な技術革新が起こりました。ゲノム編集という、どんな種でも、マウスでも植物でも、さらに人間に対しても使え、しかも成功率が非常に良い技術が誕生したのです。
(中略)
医学研究の進展を促すであろうゲノム編集技術は、同時に慎重に扱う必要ががあることも述べておかねばなりません。
(中略)
ゲノム編集は、iPS細胞に引けを取らない、大きな可能性のある技術です。
ただ、どんな技術でも、よい側面とよくない側面があります。諸刃の剣とでも言いましょうか。このゲノム編集というすばらしい技術のよい面だけのばしたら、人類はますます幸福になることができると考えられます。しかし、よくない面を伸ばしてしまったら、後悔することにもなりかねません。(中略)この新しい技術をどう使えばいいのか。科学者だけの議論では、十分ではありません。科学者に加えて、生命倫理の研究者や一般の方々も含めた広い議論が必要だと考えています。

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